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更新日:2014年2月12日

上杉謙信

新潟の歴史と文化

新潟には、全国に誇れる多彩な歴史と文化があります。郷土の英雄や偉人、連綿と受け継がれてきた文化的・芸術的に優れた財産。
新潟にゆかりのある歴史的人物、文化的財産についてご紹介します。

上杉謙信

上杉謙信

おいたち

謙信は享禄3年(1530年)越後守護代長尾為景の次男として生れる。母は栖吉城主(長岡市)長尾顕吉の娘虎御前といわれた。
幼名を虎千代、のち景虎、政虎、輝虎と改め、謙信は晩年の号。7歳から14歳まで林泉寺で文武を学ぶ。
14歳の秋、栃尾に移ってのち下群をおさえ、19歳で守護代となる。その後5回にわたり信州川中島に出陣、さらに14回にわたって三国峠を越え関東に出陣、永禄4年(1561年)小田原城を包囲し、鎌倉鶴岡八幡宮で関東管領上杉家を相続した。
2度上洛した後、京都へのぼるため越中の平定などをはかったが、関東が不穏になったので帰国した。
天正5年(1577年)脳出血でたおれ、49歳で春日山城に没した。

春日山城を中心とする主な城の配置

春日山城を中心とする主な城の配置図

春日山城跡

典型的な山城で、上杉謙信がここを居城として能・信・越・関東に雄飛したところで、謙信全盛の頃、その城下町は府中と合わせて108町人口6万余で全国屈指の大都会であったといわれている。昭和10年に国の史跡に指定された。中世の山城で国の指定をうけたのは、北陸ではこの城跡だけである。100余の郭、深い空堀、虎口、大井戸など、英雄苦心の遺構がありありとうかがえる。中腹には童話作家で有名な小川未明の父が建立した謙信を祭った春日山神社があり、いろいろな宝物や境内には未明の詩碑がある。山頂の眺めも絶景で、米山と信越国境につらなる山々、頸城平野、日本海に浮ぶ佐渡ヶ島、直江津港などが一目で見渡せる眺望は実に素晴らしい。

林泉寺

春日山の麓にあり、謙信の祖父(長尾能景)の創立で謙信が幼時をこの寺で修学したという。宝物には謙信の筆の額を始め、数多くの遺品が展示されており、墓地は広大で謙信の墓、川中島戦死者供養搭、堀家三代の墓、高田城主関係の墓がある。参道にある茅葺の門は、春日山城廃殿の際、城の裏門を移転したものとして伝えられている。また本堂裏にある庭園は、室町時代の様式で往時がしのばれる。
曹洞宗 春日山 林泉寺ホームページはこちら

観光コース

上杉謙信観光コース図