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更新日:2014年2月12日

良寛

新潟の歴史と文化

新潟には、全国に誇れる多彩な歴史と文化があります。郷土の英雄や偉人、連綿と受け継がれてきた文化的・芸術的に優れた財産。
新潟にゆかりのある歴史的人物、文化的財産についてご紹介します。

良寛

良寛像

おいたち

宝暦8年(1758年)三島郡出雲崎町の名主山本新左衛門の長男として生まれる。山本家は、橘屋と称していたが、現在このあとには、9尺四面の優雅な良寛堂が日本海を背に立てられている。

18歳

家督を弟由之にゆずって尼瀬の光照寺で剃髪。

22歳

この頃から約10年間備中(岡山県)玉島の円通寺で過ごした後、諸国雲水行脚。

38歳

この頃帰郷、寺泊の照明寺密蔵院など各地を転々とした後、国上寺の五合庵に移る。
(現在の建物は、大正13年に再建されたもの)

58歳

乙子神社の庵室へ移る。

68歳

山中の庵室での一人暮らしがつらくなり、島崎(和島村)の能登屋木村家の援助をうけ、その屋敷内の小屋に移る。

74歳

天保2年(1831年)没す。

良寛記念館

良寛の生誕200年を記念して建てられたモダンな記念館で、良寛の生家である山本家の墓地に近い丘陵の上にある。遺品や遺墨、良寛に関する文献があり、良寛研究家には見逃がせないところ。(出雲崎町)

良寛堂

良寛の生誕地である橘屋の邸跡に建てられた小堂。海に臨んで建てられた堂には、生前遺愛の品々が収蔵され、建物の周囲は、姿のいい松の林に囲まれている。屋敷跡には県指定の文化財である。(出雲崎町)

光照寺

良寛が18歳のとき、この寺で髪をそって仏門に入り、約4年間を過ごした。(出雲崎町)

木村邸(良寛美術館)

国上山で約30年過ごした良寛は、周囲のすすめで69歳の後半から三島郡和島村島崎の木村家の小屋に移り込み、ここで74歳の生涯を閉じた。良寛の遺墨や香典帳などが残されている。(長岡市/旧三島郡和島村)

良寛の里

メインとなるのは良寛の里美術館で、良寛の遺墨や遺品などを展示。そのほか歴史民俗資料館や観光物産館などがあり、良寛の心に触れるのどかな里になっている。(長岡市/旧三島郡和島村)

隆泉寺

木村家で74歳の生涯を閉じた良寛の遺がいは、木村屋の隣にある浄土真宗隆泉寺の木村家墓地に葬られている。(長岡市/旧三島郡和島村)

照明寺(密蔵院)

寺泊海岸を一望できる高台にあり、良寛はこの寺の蜜蔵院に住んだことがある。良寛の遺墨などが保存されている。(長岡市/旧寺泊町)

国上寺

和銅2年(709年)、弥彦大神のおつげによって金地大徳が開いたと伝えられ、越後では最古の寺。国上山(313m)の中腹にあり「くがみ寺」ともよばれている。(燕市/旧分水町)

五合庵

国上山の中腹、やや急しゅんな国上寺西参道の途中にある。人里離れた庵は素朴なわらぶき屋根で、当時の姿に再建されている。この庵で良寛は39歳から20年間生活し、歌と詩と書の生活を送った。(燕市/旧分水町)

観光コース

良寛観光コース