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更新日:2014年2月12日

親鸞

新潟の歴史と文化

郷土の英雄や偉人、連綿と受け継がれてきた文化的・芸術的に優れた財産など、新潟には全国に誇れる多彩な歴史と文化があります。
こちらでは、新潟にゆかりのある歴史的人物、文化的財産についてご紹介します。

親鸞

親鸞

親鸞と越後の七不思議

浄土真宗の開山、親鸞聖人が、承元元年(1207)に念仏弘通の科により、越後の国府(現在の上越市)に配流の身となり(同市居多ヶ浜に上陸したといわれる)、のち信濃川河畔鳥屋野(現在の新潟市)に移り、建暦元年、祓免となるまでの5年間、各地で説法に勉めた際、幾多の霊妙を残されたといわれている。
これが親鸞聖人の旧跡として伝えられて越後七不思議として珍重され、聖人の遺徳をしのんで訪れる参詣人々も多く、中には学術的に貴重なものとして国の天然記念物に指定されているものもある。

1.安田の三度栗

聖人が、保田の里を布教にまわったとき、信徒のささげた焼栗をまいて仏縁を説いたところ、芽が出て繁茂し、1年に3度実り又1枚の葉の先が2枚に分かれて成長したといわれる。
当時の木は枯れてしまったが、現在では若木が育っており、今でも1年に3度実をつけている。
●所在地:阿賀野市保田考順寺
●JR水原駅からバス15分横町下車
●電話番号:0250-68-2434

2.小島の数珠掛ザクラ

小島の数珠掛ザクラ小島にとう留した聖人が、出立の際、手にした数珠を路傍の桜の枝にかけ仏縁をかけたところ、その桜の木から毎年のように花がつながって咲くようになったといわれている。
なお、この桜は世界でも珍しいものとして、昭和2年の天然記念物に指定されている。
●所在地:阿賀野市小島、真宗本願寺派梅護寺
●JR新津駅からバス15分小島下車、又はJR京ヶ瀬駅から徒歩20分
●電話番号:0250-67-2915

3.小島の八房の梅

小島の八房の梅聖人が、この里に滞留したある日、梅干の種を庭に植え念仏を説いた際これが芽を出して枝葉が茂り、花は薄紅の八重咲きで花1つに8つの実を結ぶようになったと伝えられている。
●所在地:阿賀野市小島、真宗本願寺派梅護寺
●アクセス:JR新津駅からバス15分小島下車、又は京ヶ瀬駅から徒歩20分
●電話番号:0250-67-2915)

4.鳥屋野の逆ダケ

鳥屋野の逆ダケ聖人が、鳥屋野の里で布教の際、持っていた竹杖を地面にさし仏縁を説いたところ、その竹から芽が出、しかも逆方向に枝葉が繁茂し立派な竹藪になったと伝えられている。
なお、この竹藪は、大正11年に国の天然記念物に指定されている。
●所在地:新潟市中央区鳥屋野1丁目 
●アクセス:JR新潟駅からバス25分
●電話番号:025-226-2575(新潟市歴史文化課)

5.山田の焼鮒

聖人が、建暦元年11月に祓免を受けて、鳥屋野の草庵を出立し、見送りの信徒と共にこの場所で宴を催したとき、信徒が焼いた鮒を献じたが、聖人が、この焼鮒を山王神社境内の池に放したところ鮒は生きかえって泳ぎ出したと伝えられている。
又、寛永8年境内の大榎の枝が風で折れたとき、その折れ口に聖人の姿と焼鮒の形が現れたので、信徒は、これを山王神社の神宮田代家に安置して聖人をしのぶよすがとしたといわれている。
●所在地:新潟市山田、田代家
●JR新潟駅からバス25分
●電話番号:025-377-2615

6.田上のつなぎがや

ツナギガヤ聖人が、護摩堂山の城主宮崎但馬守に招かれて法話を説いた際、城主が献じたかやの実の1枚を地面に植えて仏縁を説いたところ、芽を出して実を結んだといわれている。その実には穴の跡が残っており、又1枚で葉が表向きと裏向きに互い違いになっているものも見受けられる。
●所在地:南蒲原郡田上町真宗大谷派了玄寺
●JR田上駅から徒歩20分
●電話番号:0256-57-3422

7.国府の片葉の葦

聖人が、越後で最初に配流になった国府では、国分寺境内の草庵に居住していたが、ある日この地の居多神社に詣で、ここで「わが念願を守りて、その奇瑞をあらわし給え」と祈願をこめたところ、境内に生えていた葦が一夜のうちに片葉となったと伝えられている。
●所在地:上越市五智国分寺
●JR直江津駅からバス8分国府別院下車
●電話番号:025-543-3069

観光コース

新潟

 車20分

平島(波切のご名号)

 車10分

山田(焼鮒)

 車10分

鳥屋野(逆竹)

 車50分

田上(繋ぎ榧)

 車25分

新津

 車25分

小島(八房の梅・数珠掛桜)

 車25分

保田(三度栗)

 車25分

水原(無為信寺)

 車50分

新潟

※佐渡の流人

越後と佐渡は古代より配流の地と定められてから多くの人々が流されてきた。それらの中には、時の為政者と相反するがため越佐の地に流され不幸な生涯を送った人もおり、また皇族や貴族などの貴顕たちもいた。