山田五郎さんも絶賛!前川國男建築の美術館で空間を堪能し、きかんしゃトーマス展を楽しむ/新潟市


2021年01月27日 10062ビュー
日本のモダニズム建築の巨匠と呼ばれた建築家・前川國男。その前川が最晩年に手がけたのが新潟市美術館です。前川の仕事を集大成したような建物で、建築好きには本当にたまりません。これまでに何度も足を運んではウットリしてきました。
現在、同館で開催中の「きかんしゃトーマス展」と合わせて、その魅力をご紹介します。

新潟出身、前川國男の設計

新潟市美術館が開館したのは1985年10月。設計を担当した前川は、近代建築の巨匠ル・コルビュジエの弟子としてパリで学び、帰国後は日本で長く活躍したチェコ人建築家アントニン・レーモンドの事務所で働きました。
京都会館、大阪万博鉄鋼館、東京都美術館など数々の名建築を生みだしてきた前川は、1905年新潟市生まれ。実は郷土が生んだ人物なのです。父親の貫一は内務省土木局に勤めており、1898年新潟に赴任。信濃川の治水事業を進め、それがやがて大河津分水の整備へと結実します。
前川國男が新潟にいたのは4歳までですが、当時の記憶は鮮明に残っていたようで、寒い冬の日にコタツにあたりながら父から「お前は大きくなったら、家を造る人にならないかな」と話しかけられたことがきっかけで「建築家になったようなもの」と、後に語っています。
新潟市美術館は、前川最晩年の作品です。旧新潟刑務所の敷地を使ったコンペ案件で、美術館の向かい側の敷地も合わせて活用することが条件でした。そこで前川が提案したのは、かつての風情ある新潟の風景を再現すること。堀端に柳がそよぐ風景をイメージした西大畑公園を作ったのです。これは前川の原風景でもあるため、同館は数ある前川建築のなかでも、特に思い入れの強いものと言われています。
それでは早速、美術館を見ていきましょう。案内は学芸員の荒井直美さんにお願いしました。
美術館の壁には打ち込みタイルという技法が使われています。これは前川が考案した工法で、壁を作る際に、コンクリートを流し込む型枠に焼き物のタイルを組み込んでおき、コンクリートとタイルを一体化させるというもの。そうすると壁にタイルが食い込んだ状態になるため、剥がれにくく壁を守る効果が高くなります。
同館を訪れた美術評論家の山田五郎さんも、この壁を見て「紛れもない前川建築」と絶賛しました。美術館の壁に注目する人は少ないかもしれませんが、訪ねた際にはぜひ一度ゆっくりと眺めてみてほしいポイントですね。打ち込みタイルは、成形時に型枠を固定したボルトの跡が丸い穴となって残っているので、見ればすぐに分かりますよ。

海の庭と山の庭

まず庭に入ると2つの彫刻作品が出迎えます。ここには向かいの西大畑公園の堀に繋がるものとして池を設けており、それを海に見立てて「海の庭」と呼んでいます。
今は冬で水が抜かれていますが、春になると元通りの姿になるそうです。
左側のベンチの作品は、峯田義郎さんの「部屋の中の午後(一人)」です。鑑賞用でありますが、座っても大丈夫!真冬でも日が差すとほんのりと暖かく、なかなか座り心地は良かったですよ。
野外彫刻の散歩道と名付けられた木立の中の小径を進みます。
その先にある渡邊利馗さんの作品「旱(ヒデリ)」はある生き物を表しているのですが、何か分かりますか?ヒントは「跳ねるもの」です。
このように、屋外には全部で6つの彫刻作品があるので、ぜひ散策しながら作品鑑賞を楽しんでみてください。
荒井さんに庭のおすすめスポットを聞いたところ、一番奥にある山の庭がお気に入りだと話してくれました。ガラスの反射で分かりづらいですが、木の向こうにある大きな窓越しに絵画作品が見えて、いかにも美術館らしい景色です。

明るく柔らかく

ではいざ館内へ。エントランスは外壁とは色が違う細いタイルが使われています。囲まれるような空間になっているのですが、前川さんは「かまくら」をイメージしたのだとか。明るい色に包まれ、ほっこりした気分で先に進むと……。
天井が高く、開けたロビーに出ます。冬の新潟は空がどんよりと鈍色に暗いことが多いですよね。そのため前川は「いつ来ても青空が見られるように」という思いを込めて天井をブルーにしました。
ここでは壁の隅の角に注目です。柔らかくアールを描いていますが、これも前川建築の特徴のひとつで、空間に優しさを与えています。
さらに写真では小さくて見にくいですが、縦に円弧状にえぐられた壁の間接照明には、リボンのような真鍮のエンブレムが付いています。実はこれ、新潟県出身のデザイナー亀倉雄策さんがデザインした同館のマークなのです。
ちなみのこのマークは衝突防止用のサインとして、館内の窓にも使われています。「新潟出身の建築家とデザイナー、二人の巨匠のコラボレーションがここでは楽しめる」と荒井さんは力を込めます。

見どころタップリ

ロビーから展示室へ向かう通路はフラットではありません。もともと砂丘だった地形をいかして、ゆるやかな坂道をそのまま館内に設けているのです。前川建築のテーマに「風土を大切にする」という考え方があります。そのため元からある地形を設計に取り入れ、それがコンペでも高く評価された点のひとつだったそうです。坂があると風景に表情が感じられますよね。
ここでは家具にも注目です。天童木工製のスツールは前川自らが選んだもの。開館当初はグレーでしたが、鮮やかな3色に張り替えて今も現役で活躍しています。
館内にはおすすめの「待ち合わせスポット」があります。それは2階のライブラリーコーナー(現在は新型コロナウイルス感染症対策で書籍は閲覧不可)です。ロビーが見渡せるので、荒井さん曰く「館内を眺めたり、ゆっくり本でも読んだりしながら、相手が来るのを待っているのにちょうどいい」そうです。
ロビーにはミュージアムショップ「ルルル」、そしてその隣にはカフェもあります。「ルルル」は展覧会の図録や関連グッズはもちろん、オリジナル商品、古本、可愛らしい雑貨などのセレクト商品と幅広い品揃えになっています。
こかげカフェ L'ombrage(ロンブラージュ)」はベーグルを中心にしたメニューを展開。店内からは、向かい側の公園も眺めることができます。
こちらは開館の10年後に増築したコレクション展示室です。前川國男が亡くなった後ではありますが、前川建築設計事務所が手がけています。
通常の美術館ではなかなか見ることのない、大きな曲線を描いた壁に前川らしいセンスが感じられます。「展示に苦労することもあるけれど、この場所をひとつの空間として演出することで面白い使い方もできる」と荒井さん。
2020年4月に開催された「長沢明展」では、この空間で「森」を表現した展示が行われていて、まるごとアートの世界になっていたのを思い出しました。

「きかんしゃトーマス展」開催中

現在、新潟市美術館では企画展「きかんしゃトーマス展」が開催中(3月28日まで)です。これは昨年から始まった巡回展で、原作の出版75周年を記念して企画されたもの。副題は「ソドー島のなかまたちが教えてくれたこと」。きかんしゃトーマスは、架空の島・ソドー島を舞台にノース・ウエスタン鉄道で働くきかんしゃたち(顔があって、おしゃべりができます!)の物語です。
「きかんしゃトーマス」は親子の愛情から生まれた絵本です。作者のオードリー牧師がはしかで療養していた我が子を元気づけるために、擬人化した鉄道の物語を作って聞かせたことがきっかけで絵本が誕生したいきさつが紹介されていたり、壁には主要登場キャラクターがずらりとひと目で分かるように展示されていたりと、原作を知らずに観に行っても楽しめるようになっています。
見どころはなんといってもソドー島をイメージした鉄道模型です。「最初の展示室は遊び部屋になっていて、写真撮影も大丈夫です」と荒井さん。
実際に物語で起きたハプニングなども再現されていますが、模型のあまりの素晴らしさにそういった小ネタを知らずに見ても充分楽しめる内容になっていました。
じつはトーマスシリーズは途中でイラストレーターが交代し、複数の描き手が存在します。中には作者のオードリー牧師を絵本に登場させたり、ちゃっかり自分の子どもや愛犬を描き込んだりと、遊び心をきかせた人もいるそうです。
「そういう作り手が仕掛けた遊びは、幼い頃には気付かなかった方も多いと思います。それを原画で確認するという贅沢な楽しみ方も展覧会ならではでしょうか」と荒井さんは話してくれました。
展覧会の企画を担当した土田雅之さんは「トーマスは子ども向けだから、機関車がカラフルなわけではありません。イギリスの鉄道はすべてが国有化されたわけではなく、乗客に魅力を感じてもらうために各社がそれぞれカラーリングした歴史があります」と話します。
作者のオードリー牧師は鉄道好きで、イギリスの鉄道の歴史や当時の鉄道事情が物語に反映されているのも見どころのひとつと、PRしてくれました。
新潟市美術館には校外学習の一環で、近隣の子どもたちが見学に訪れることもあるそうです。そのときに荒井さんは「この美術館でいちばん大きな芸術作品は、この建物」と説明しているそうです。
展覧会を見に来る際には、新潟が誇る名建築のひとつをゆっくり楽しんでみてはいかがでしょうか。

新潟市美術館

住所:新潟市中央区西大畑町5191-9
TEL:025-223-1622
観覧時間:午前9時30分から午後6時まで(冬期は午後5時まで)
休館日:月曜日
コレクション展観覧料:一般200円/高校・大学生150円/小・中学生100円
※土日祝日は小・中学生無料。企画展観覧券でコレクション展も観賞できます。

企画展「原作出版75周年 きかんしゃトーマス展」
会期:2020年12月24日〜2021年3月28日
観覧料:一般1,000円/大学生・高校生800円/中学生以下無料
※平日GOGO割。1月13日以降の午後3時以降に当日観覧券をお求めの方は200円引き(他の割引との併用不可)

この記事を書いた人
和田明子

長岡市のリバティデザインスタジオで、夫とともにグラフィックデザインやコンテンツ制作を行う。アート、映画、文学、建築、カフェ巡り、旅行、可愛いものが大好き。ウェブマガジン「WebSkip(https://webskip.net/)」も細々と更新中