異端の建築家・渡邊洋治の「斜めの家」は泊まって学べる名建築/上越市


2026年09月25日 14ビュー
「異端の建築家」と呼ばれた直江津出身の渡邊洋治。彼が最晩年に、自身の妹夫婦のために設計した邸宅が、上越市に残されています。その名も「斜めの家」。2階建てでありながら階段がなく、代わりに設けたスロープ(斜路)に合わせて家の形を決めたため、外観がまるで長方形の箱の片側を持ち上げたかのように「斜め」になっているという、なんとも個性的な住宅なのです。
現在、所有者のご厚意により宿泊施設として開放されているため、名建築に泊まれるという贅沢な体験ができるのです。

エキセントリックな作品を残した異端の天才

まずは建築家・渡邊洋治(1923〜1983)について、簡単にご紹介します。渡邊洋治は上越市(旧直江津市)に大工の棟梁の長男として生まれました。太平洋戦争では船舶兵として入営。戦後は大手建築設計事務所に勤務したのち、ル・コルビュジエの弟子である建築家・吉阪隆正に師事し、早稲田大学の吉阪研究室で助手を務めます。いわば渡邊洋治はコルビュジエの孫弟子に当たるわけです。
1959年に独立。代表作のひとつ、東京都新宿区に現存する第三スカイビル(現名称・GUNKAN東新宿ビル)は、その特異な外観から軍艦マンションと呼ばれ、国際的にも大きな注目を集めました。
渡邊は、船舶兵だった頃に見た軍艦を設計のモチーフにしたと思われる作品を、複数残しています。ちなみに設計事務所の所員には自身のことを「艦長」と呼ばせていたそうです。
現存する渡邊作品は多くはないのですが、その貴重なひとつが糸魚川市の善導寺です。屋上に出ると、まるで船の甲板に立っているかのような気分にさせられる、あっと驚くような形状をした建築物です。
通常非公開の建物なので、敷地外から見学しましょう。

斜めの家を残そう!

斜めの家の建築は1976年。住む人がいなくなった後もご親族が守り続け、家は残っていました。2013年にはご親族の許可を得て、地元有志が「渡邊洋治『斜めの家』再生プロジェクト」を立ち上げ、家の掃除や庭の手入れ、傷んだ部分の修繕などに乗り出し、不定期で公開イベントなどを行ってきました。
同プロジェクトに主力メンバーとして携わっていた一級建築士の中野一敏さんは「作業をしつつ、当時の施工者や渡邊洋治さんの関係者からヒアリングをするなど、家に関する記録を取って」調査・研究を重ねました。
その後、中野さんは「ナナメの会」を主宰。渡邊洋治生誕100周年記念として2023年には「『斜めの家』を泊まって学べる名住宅にしよう!」という目的を掲げ、クラウドファンディングを実施。2024年から実験的に民泊を行い、翌25年から本格営業を開始、という流れで現在に至ります。
2026年は斜めの家が竣工してからちょうど50年。当時どれだけモダンでおしゃれな邸宅として目立っていたのか…と考えてしまいます。では、中へ入ってみましょう。
斜めの家はそのエキセントリックな外観とは裏腹に、住む人のことを考え抜いて造られている邸宅です。何度か訪れていますが、その度に「生活者目線」のさりげない配慮に気付かされます。半世紀前の日本の住宅事情を考えると、あの当時にこんな工夫があったのかと驚かされます。
たとえば玄関には大きめの靴箱が備え付けてあり、その脇には木製ベンチがあります。ちょっとした荷物を置いたり、靴を履くときに腰掛けて身支度したり…。まさに痒いところに手が届くような設計です。

ル・コルビュジエの影響を受けたスロープは圧巻

玄関からホールに入ると見えてくるのが、この家の骨子とも言うべきスロープ。1階の突き当たりで折り返して、2階に上がるようになっています。中野一敏さんはここに近代建築の傑作「サヴォア邸」、インドの「チャンディガールのキャピトル・コンプレックス」など、複数のスロープ建築を手掛けたル・コルビュジエの影響を感じると語ります。「コルビュジエの後期作品は、風土的なものが多いのが特徴。斜めの家も、実は上越という土地と密接な関係にある」と解説。それを読み解く鍵が、斜めの家の建設前に渡邊洋治が語っていたという「潜水艦を作る」という言葉にあるのではないか、と中野さんは推察しますが、果たしてそれはどういう意味なのでしょうか。
スロープには四角い小さなニッチスペース、壁には無数の小窓が設けられています。中野さんはこれを船の側面にある「舷窓のよう」と表現。「多雪地帯である上越において冬になると雪に沈む潜水艦であり、春の雪どけとともに浮上する存在」と表現。「通常、建築家は設計図に窓の位置をきっちり指定します。しかし渡邊洋治はそれをしていなかった。代わりに施工者に『外に何か見えそうな位置に窓を付けるように』と伝えたそうです」。おそらくそれは降雪時にさまざまな高さに設けられた窓から外を見ることで「こんなに積もったのか」と周囲の雪の高さを実感できるようにしたのではないかと推察します。
雪に沈むことを前提に作られた建造物として、中野さんはかつての雁木通りとの類似性も指摘。斜めの家の見学会を行ったとき、スロープの小窓から顔を出して楽しそうに話す親子を見て、雪が降り積もった道を行く人と2階の窓から顔を出した人が会話をしていた昭和時代の様子を思い出したそうです。
建築家は幼少時の原風景を作品に落とし込むことがありますが、斜めの家もそのような作品なのかもしれませんね。
通常はこれらの情報を雑誌や映像などで見てフムフムと思うだけですが、ここは宿泊できるので、作者の思いが詰まった空間をまるごと体感できます。建築好きにとっては、実にうれしいことです。
1階は納戸、洋間、台所、茶の間という間取りです。洋間の外には庭が広がり、日当たりも抜群。斜めの家が宿泊で体験できることのひとつに掲げているのが「美術館のような空間」です。壁際に置かれているのは、上越市在住のアーティスト・石田賢一郎さんが「斜めの家」からインスパイアされて作った作品の数々。制作者が触発されて作った作品を、そのアイデアの源になった家にいながら観賞できる…という仕掛けなのです。邸内には、この部屋以外にもいくつか石田さんの作品が飾られています。

生活者目線の行き届いた邸宅

洋間の隣は台所です。火気厳禁のため調理不可ですが冷蔵庫と電子レンジがあります。食器、ドリンクなどの常備はありませんが、徒歩1分の場所にコンビニエンスストアがあるため、不便は感じません。
茶の間との間の壁に小窓があり、板戸を締めたままでもそこから作ったものを渡すことができます。来客をもてなすとき自分があたふたと準備しているところを見られるのはちょっとイヤですよね。そういうときは板戸を閉めて小窓から配膳するということができるのです。本当にきめの細かい配慮ですね。
小上がりになったようなスペースの茶の間です。この部屋は台所からちょこんと上がることも、スロープから入ることも可能です。
開口部は外側から雨戸、ガラス戸、簾戸、障子戸のなんと!4枚で構成されています。さらに横の線が揃えられているという、気の配りよう。素晴らしいです。
1階の突き当たりがトイレ、洗面、浴室になっています。こちらにも小さな窓がいくつも付いていて、斜めの家らしい遊び心を感じます。
突き当たりを曲がると2階へと続くスロープで、和室が2間あります。手前の部屋はアート作品の展示のほか、渡邊洋治の関連書籍、図面などが閲覧できる資料室のようになっています。実際の図面を見た後に、家を歩いて確認したり、紹介記事を読んで気になったことをチェックしたりということを、すぐにできるというのも宿泊施設ならではの醍醐味です。
斜めの家は6名まで宿泊対応可能です。人数が増えたときには2階の奥の和室も寝室として使用しています。
昨年、雑誌『Casa BRUTUS』が創刊300号記念として「一生に一度は見ておくべき名作住宅100」という特集を組みました。そこにはル・コルビュジエサヴォア邸フランク・ロイド・ライト落水荘などと共に、斜めの家も取り上げられました。さらに上越市内にある建築家・原広司さんが手掛けた『浮遊する家』も紹介されており「世界という大きな括りで名作住宅を俯瞰したとき、上越市に2軒もあり、いずれも宿泊できるというのは希有なこと」と中野さんは声を弾ませました。
上の写真は「斜めのポーズ」を取る中野一敏さんです。
建築史家の藤森照信さんは、自身の著書で斜めの家について「少なからぬショックを受けた、トンデモナイ造形、前例はないし、もちろん後続もない」と記述。さらにコルビュジエ派の木造住宅の代表作について、アントニン・レーモンドの「夏の家」、前川國男の「自邸」などの名建築住宅に引き続き、「渡邊洋治の斜めの家を加えてもいいんじゃあるまいか」と高く評価しています。
ぜひ上越市に観光に訪れた際には、泊まれる名建築として「斜めの家」を利用してみてはいかがでしょうか。

斜めの家

住所:上越市大豆2-2-18
TEL:090-4376-3778(宿泊予約・ニューサイエンスジャパン)
チェックイン:15:00〜20:00
チェックアウト:10:00
料金(1棟貸し):3名様44,660円〜6名様61,160円
【用意している設備・備品】
・宿泊室・居間:エアコン完備
・布団/バスタオル/ヘアドライヤー/ボディーソープ/シャンプー/歯ブラシ/紙コップ/冷蔵庫/電子レンジ
※12月から3月まで冬季閉業。料金は来年度以降、改定の可能性あり
※Booking.com、Airbnbでも予約可
※建築に関する問い合わせは「ナナメの会」まで
naname023@gmail.com

斜めの家

この記事を書いた人
和田明子

長岡市のリバティデザインスタジオで、夫とともにグラフィックデザインやコンテンツ制作を行う。アート、映画、文学、建築、カフェ巡り、旅行、可愛いものが大好き。ウェブマガジン「WebSkip(https://webskip.net/)」も細々と更新中。