「長岡花火の原点」長岡空襲と平和の尊さについて。新しくなった戦災資料館であらためて知る/長岡市
2026年08月20日
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長岡空襲の史実と平和の尊さを後世へ伝えるために作られた長岡戦災資料館が、今年(2026年)移転・リニューアルオープンしました。映画『君と花火と約束と』が7月に公開され、戦災復興や平和への思いが込められた長岡花火に注目が集まる今、あらためて資料館の果たす意味について考えていきたいと思います。
1,200冊の資料が揃う名建築空間
1階は「祈りの間」と「資料閲覧室」「交流スペース」という構成になっています。まずは資料閲覧室からご紹介します。
こちらにはおよそ1,200冊の戦争に関する書籍があり、その大半が個人からの寄贈である「小柴文庫」と「原田文庫」です。「小柴文庫」は長岡空襲時、市職員だった故小柴五郎さんがライフワークとして収集した長岡空襲の関連書籍と資料、「原田文庫」は、旧制中学3年生のとき空襲で家族全員を亡くし、後に新聞記者になった故原田新司さんが集めた平和と戦争に関する書籍や記者時代のスクラップ帳などで構成されています。貸出は行っていませんが、閲覧は誰でもできます。
こちらにはおよそ1,200冊の戦争に関する書籍があり、その大半が個人からの寄贈である「小柴文庫」と「原田文庫」です。「小柴文庫」は長岡空襲時、市職員だった故小柴五郎さんがライフワークとして収集した長岡空襲の関連書籍と資料、「原田文庫」は、旧制中学3年生のとき空襲で家族全員を亡くし、後に新聞記者になった故原田新司さんが集めた平和と戦争に関する書籍や記者時代のスクラップ帳などで構成されています。貸出は行っていませんが、閲覧は誰でもできます。
新しい戦災資料館は、旧互尊文庫(図書館)の建物を活用しました。この建物は、近代建築の記録と保存を目的とする「DOCOMOMO(ドコモモ)Japan」によって、すぐれた近代建築物として選定されています。ちなみに他の選定建築物は、フランク・ロイド・ライトの自由学園明日館、丹下健三の国立代々木競技場など、そうそうたる名建築が名を連ねています。
資料閲覧室の吹き抜け空間は、図書館だった頃の面影をしのばせる造りになっています。(階段は使用不可)
資料閲覧室の吹き抜け空間は、図書館だった頃の面影をしのばせる造りになっています。(階段は使用不可)
厳かな気持ちで祈りの間へ
戦災資料館の展示コンセプトは、スタッフの酒井優佑さんによると「物に語らせる」というもの。それを象徴するのが1階の「祈りの間」です。前室には空襲被害に遭われた方たちの名前を検索できる端末を設置。一部はその人となりも知ることができるようになっています。また残された貴重な家族写真や、昔の町並みをAI技術で動画に加工した映像を見ることもでき、当時についてよりリアルに感じることができます。
酒井さんからは「ここで心を静めて、どうぞ祈りの間にお入りください」と案内されました。
酒井さんからは「ここで心を静めて、どうぞ祈りの間にお入りください」と案内されました。
「祈りの間」には、外の世界と切り離された静謐な世界が広がっていました。空襲で犠牲になった方々の写真が、居住地の学区ごとに整理されて展示されているだけで、余計な装飾はありません。「何を感じるのか、何を思うのか。訪れた人たちそれぞれの心で受け止めてほしい」そんな空間です。
資料閲覧室の「原田文庫」を寄贈した原田新司さんは、旧制中学3年生のときに空襲で家族全員を亡くしたと先にお伝えしましたが、その原田さんのご家族の写真が表町学校区のスペースに並んで展示されています。ここではもはや涙をこらえることができませんでした。
そもそも戦災資料館ができることになったのは、戦後50年を機に市民団体が空襲資料館建設を市に要望したことに端を発しています。さらに遡ること終戦直後、元長岡市助役の笠輪勝太郎さんが「空襲犠牲者の名前を記録する活動を始めた」ことも、大きなきっかけのひとつになりました。
空襲の犠牲となった1,489人のお名前が掲載された「長岡空襲 戦災殉難者名簿」は「祈りの間」の奥に展示。前室の端末のほか、祈りの間の壁面や資料室でも確認できます。酒井さんいわく「ここまでしっかりと名簿や写真が揃っているのは、全国的に見ても珍しい」そうです。
空襲の犠牲となった1,489人のお名前が掲載された「長岡空襲 戦災殉難者名簿」は「祈りの間」の奥に展示。前室の端末のほか、祈りの間の壁面や資料室でも確認できます。酒井さんいわく「ここまでしっかりと名簿や写真が揃っているのは、全国的に見ても珍しい」そうです。
平和の思いを伝える母子像
資料展示室は2階にあります。が、その前にぜひ見てほしいのが階段前にある母子像『懐い(おもい)』です。こちらは長岡空襲から60年目の2005年に、恒久平和希求の思いを伝えようと、市民ボランティアが中心となって募金活動を行いつくられたものです。来館者の多くが赤ちゃんの頭をなでるため、頭部には少し光っているところがあるそうですよ。
2階資料展示室に入る前に、壁に貼られた地図もご覧ください。空襲直前の住宅地図を表町、阪之上など学区ごとに復元。空襲の被害状況がまさに一目瞭然で分かるようになっています。多くの人の協力により作られた貴重な資料です。
2階資料展示室の新たな展示
2階の展示品は、従来のものに加え、新たな資料もいくつか加わっています。以前は被害について伝えるものが中心になっていましたが、リニューアル後は当時の状況を客観的に伝える展示や、戦後復興や平和についての展示などが加わりました。そのひとつが展示室の中央にかけられた「声の森」です。当事者たちのリアルな声を集めたもので、「戦争を遠い過去の出来事として捉えるのではなく、戦災を体験した当時の人たちに寄り添って考えてほしい」という思いが込められているそうです。
展示は時系列順になっています。まずは日本がどのように戦争へと向かって行ったのか、戦時下でごく普通の人たちはどのように暮らしていたのか、空襲時の様子、戦後復興という流れになっています。戦争は、突然起きるわけではありません。どのような状況によって、戦うという道を選んでしまったのか。同じ間違った道を歩まないためにはどうしたらいいのか。歴史から学べるコーナーになっています。
映画やドラマに出てくる「赤紙」と呼ばれる召集令状などと並んで、心に残った展示品がタバコの箱でした。これはかつて「ゴールデンバット」という名前で販売されていましたが、外国語排斥で「金鵄(きんし)」に変更になったそうです。こうやって自由が奪われていくのか…と恐怖を感じました。
「戦時下の暮らし」コーナーでは、かつての生活空間が再現されていました。注目は、灯火管制で電灯にかけられた黒いカバーです。食事についての解説もあり、当時の生活の様子が伝わってきます。
戦地の人たちに宛てて「慰問帖」というものを作り、送る制度があったそうです。左に展示されているのは実際に兵士が戦地で受け取り、それを戦後ずっと大切に保管していたものです。
新たに加わった体験型の展示が「防空壕」の再現です。中に入って、座ってみることもできます。
長岡空襲に先立つ7月20日、模擬原子爆弾が左近地内に投下され、4名の方が亡くなりました。通称パンプキンと呼ばれるそれは、長崎に投下された「ファットマン」と同じ形でほぼ同じ重量です。実はアメリカ軍は新潟市を原爆投下候補地の1つにしており、長岡へ落としたのはその予行演習でした。その後いくつかの条件が重なったことにより、新潟市は投下予定地から外されました。たった1つの爆弾の模型ですが、どれだけ多くの人たちの命運を左右したのかと思うと…まさに、ものが語りかけてくる展示のひとつです。
模擬原子爆弾投下から10日余り経った1945(昭和20)年8月1日、長岡は午後10時30分から1時間40分にわたり、125機のB29によって空襲を受けました。資料室の一角には映像資料もあり、爆撃の音と花火の音が酷似していることをしみじみと実感しました。
資料館のパンフレットにも使われている懐中時計も展示されています。これは空襲時に時間が止まったままの状態になったもの。
戦後復興と次代につなげる平和
館のリニューアル後、新たな展示のひとつが「戦後」についての紹介です。
空襲後、長岡がどのように復興をとげたのか、あの戦争を経て、恒久平和のためにどのような取り組みをしているのか、などが紹介されています。
空襲直後に市民のために立ち上がって罹災証明を発行した市職員たち、戦争で休止していた長岡花火復活の取り組み、戦災復興の促進と地域の産業振興を目指し開催された県産業博覧会(長岡博)など、さまざまな出来事が紹介されていました。
特に花火にかける市民の思いは強く、1947(昭和22)年の長岡復興まつりには打ち上げを復活させました。また2003年以降は、長岡空襲が始まった時刻・8月1日午後10時30分に「慰霊・復興・平和」の想いを込めた純白の花火「白菊」を打ち上げています。
空襲後、長岡がどのように復興をとげたのか、あの戦争を経て、恒久平和のためにどのような取り組みをしているのか、などが紹介されています。
空襲直後に市民のために立ち上がって罹災証明を発行した市職員たち、戦争で休止していた長岡花火復活の取り組み、戦災復興の促進と地域の産業振興を目指し開催された県産業博覧会(長岡博)など、さまざまな出来事が紹介されていました。
特に花火にかける市民の思いは強く、1947(昭和22)年の長岡復興まつりには打ち上げを復活させました。また2003年以降は、長岡空襲が始まった時刻・8月1日午後10時30分に「慰霊・復興・平和」の想いを込めた純白の花火「白菊」を打ち上げています。
3階は企画展示・学習室になっています。学校から要望があれば、平和学習などの場として使っていきたいということでした。取材時には、市内の中学生を対象に「平和に関する作品」を募集して集まった合計236点の作品が「市内中学生平和作品展」として展示されていました。
長岡市には「戦争と平和について考える史跡巡り」のモデルコースがあります。
史跡は全部で6カ所。そのうちのひとつが資料館のすぐ前にある「長岡空襲爆撃中心点の碑(坂之上町3、明治公園)」です。6地点全て回ると所要時間は3時間弱程度になります。(モデルコース巡りについては、資料館では案内は行っていません)
史跡は全部で6カ所。そのうちのひとつが資料館のすぐ前にある「長岡空襲爆撃中心点の碑(坂之上町3、明治公園)」です。6地点全て回ると所要時間は3時間弱程度になります。(モデルコース巡りについては、資料館では案内は行っていません)
映画『君と花火と約束と』の世界観を味わいながらスタンプを集め、歴史ある長岡の町巡りをしようというJRの企画「エキタグスタンプラリー」が7月3日から9月30日まで開催中です。こちらのエキタグ設置箇所のひとつが長岡戦災資料館で、館内入り口には長岡花火を題材にしたアニメ映画『君と花火と約束と』のスタンディなどの飾り付けがありました。こちらもぜひお楽しみください。
長岡戦災資料館
住所:長岡市坂之上町3-1-20
TEL:0258-36-3269
開館時間:9:00〜16:30
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
長岡戦災資料館
この記事を書いた人
長岡市のリバティデザインスタジオで、夫とともにグラフィックデザインやコンテンツ制作を行う。アート、映画、文学、建築、カフェ巡り、旅行、可愛いものが大好き。ウェブマガジン「WebSkip(https://webskip.net/)」も細々と更新中。