なぜ、「笹団子」は新潟名物になったのか? その理由が知りたくて“火付け役”の老舗・笹川餅屋へ/新潟市
2026年02月12日
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皆さん、こんにちは!
新潟の食文化について勉強中のライター・槻本みのりです。
さて、新潟の名物といえば、皆さん何を思い浮かべますか?
笹の葉に包まれた俵形の…といえば、そう!「笹団子」です。
新潟県内外にファンが多い、新潟が誇るお土産の笹団子。
新潟にはさまざまな名物グルメがありますが、なぜ全国的に「笹団子」の知名度が高いのでしょうか。非常に気になっていた私…。
その理由が知りたくて、「新潟名物・笹団子の火付け役」とされる、新潟市内のお店にお邪魔しました。
新潟の食文化について勉強中のライター・槻本みのりです。
さて、新潟の名物といえば、皆さん何を思い浮かべますか?
笹の葉に包まれた俵形の…といえば、そう!「笹団子」です。
新潟県内外にファンが多い、新潟が誇るお土産の笹団子。
新潟にはさまざまな名物グルメがありますが、なぜ全国的に「笹団子」の知名度が高いのでしょうか。非常に気になっていた私…。
その理由が知りたくて、「新潟名物・笹団子の火付け役」とされる、新潟市内のお店にお邪魔しました。
創業140年以上、「新潟名物・笹団子」の火付け役とされる「笹川餅屋」へ
今回伺ったのは、新潟市中央区・西堀通と鍛冶小路が交差する角のお店「笹川餅屋」さん。店主の笹川太朗さんが取材に応じてくださいました。「創業は明治16(1883)年、私で6代目となります。笹川トイという女性が、最初に下町(しもまち)である花街で商売をはじめたと聞いています」。
笹川さんによると、当時は貴重な砂糖を使った和菓子の販売店の店主は男性が主流で、高級菓子の類いだったとか。それとは対照的に、庶民が手軽に食べられるお団子やお餅の販売は水商売のくくりだったことから、女性が店主のことが多かったそうです。
また、創業から140年以上もの間には、「2代目となる曽祖父がスペイン風邪で若くして亡くなった際はお店継続のため、祖父が大人になるまで曽祖母の再婚相手に引き継がれた時期もあったようです」。そのようにお店を守りながら、現在は6代目の笹川太朗さんへ。この話からも老舗・笹川餅屋さんの歴史の深さを感じます。
昔食べていた「笹団子」は、今と違う…?
笹団子は、新潟県内のどの地域で、どのようにして誕生したのでしょうか?
「例えば、『北越風土記』によると、戦国時代に携行保存食として生まれたという記載や、上杉謙信や家臣が発明したなどいくつかの俗説があるので、一概にこれが正しいとは言えません。ただ、笹団子は昔から新潟の各家庭内で作られ食べられていたことから、一般の農家・家庭の知恵から生まれた郷土食だと祖父から聞いています」と笹川さん。
笹の葉で包むという形状に関しては、「中国のちまき」を参考にしたのでは、という情報もあるそうです。笹団子にまつわるこのような考察を聞くのも面白いですよね!
「例えば、『北越風土記』によると、戦国時代に携行保存食として生まれたという記載や、上杉謙信や家臣が発明したなどいくつかの俗説があるので、一概にこれが正しいとは言えません。ただ、笹団子は昔から新潟の各家庭内で作られ食べられていたことから、一般の農家・家庭の知恵から生まれた郷土食だと祖父から聞いています」と笹川さん。
笹の葉で包むという形状に関しては、「中国のちまき」を参考にしたのでは、という情報もあるそうです。笹団子にまつわるこのような考察を聞くのも面白いですよね!
そして、ここで驚いたのが、昔作られていた笹団子の「味」です。
「昔は砂糖が貴重だったので、砂糖を使った甘い笹団子は一般的ではありませんでした。笹団子は、農家さんがどのようにしたら、くず米をおいしく食べられるのか、という工夫から生まれたもの。家の近くでヨモギや笹がとれ、さらにその笹は殺菌効果や日持ちの効果があるため、笹の葉で包み、昔は団子を茹でていました。それが今の「笹団子」の形状に。そのようにあくまでも一般の家庭の知恵から生まれたものという認識です」。
一般に砂糖が流通するのは日清戦争以降。当時の砂糖は高級品で一般の人は気軽に購入できず、団子の味は甘くはなかったけれど、それぞれの家庭でアイデア満載の笹団子が作られていたそうです。「中の具材のない笹団子だったり、団子に塩小豆や塩きなこ、地域によっては佃煮を入れたり、鱒を入れたり…。団子生地にヨモギでなく、山ごぼうの葉を使うなど、各地域で採れるもの、食べられるものを使い、各地域で工夫を凝らしていました」。
「昔は砂糖が貴重だったので、砂糖を使った甘い笹団子は一般的ではありませんでした。笹団子は、農家さんがどのようにしたら、くず米をおいしく食べられるのか、という工夫から生まれたもの。家の近くでヨモギや笹がとれ、さらにその笹は殺菌効果や日持ちの効果があるため、笹の葉で包み、昔は団子を茹でていました。それが今の「笹団子」の形状に。そのようにあくまでも一般の家庭の知恵から生まれたものという認識です」。
一般に砂糖が流通するのは日清戦争以降。当時の砂糖は高級品で一般の人は気軽に購入できず、団子の味は甘くはなかったけれど、それぞれの家庭でアイデア満載の笹団子が作られていたそうです。「中の具材のない笹団子だったり、団子に塩小豆や塩きなこ、地域によっては佃煮を入れたり、鱒を入れたり…。団子生地にヨモギでなく、山ごぼうの葉を使うなど、各地域で採れるもの、食べられるものを使い、各地域で工夫を凝らしていました」。
甘いあんこ以外にこれほど笹団子のバリエーションがあったとは!
笹川さんによると、スゲの紐の結び方も地域によって違うようです。新発田や村上、上越や高田などの城下町は、武士文化もあり「切腹」を連想させてしまうことから笹団子の真ん中は縛っていないところが多いのだとか。改めて、「笹団子」という新潟名物の奥深さを感じます。
笹川さんによると、スゲの紐の結び方も地域によって違うようです。新発田や村上、上越や高田などの城下町は、武士文化もあり「切腹」を連想させてしまうことから笹団子の真ん中は縛っていないところが多いのだとか。改めて、「笹団子」という新潟名物の奥深さを感じます。
各地域によって特色があり、おやつ、おにぎりの感覚で食べられていた笹団子。ハレの日やお供え物用に作ることも多く、特に農家が田植えで忙しい5月頃は、笹の葉で包まれ、日持ちがする笹団子がおにぎり代わりとして食べられていました。各地域でさまざまな笹団子が存在する意味が理解できた、貴重なお話でした。
全国区になったきっかけは、国をあげた大イベント?
新潟県内の各家庭でおやつとして親しまれていた笹団子。全国的に知られるようになったのは、ある大規模なイベントがきっかけでした。
「笹団子が全国的に注目されるようになったきっかけは、昭和39(1964)年に開催された新潟国体です。また、東京オリンピックも開催された年でもありました。新潟国体の開催でかなり注目を集めるタイミングなので、新潟市をPRするのに何か良いお土産はないかという打診が開催される数年前から祖父にあったようです。それで祖父が中心となり、この笹団子を新潟のお土産として、推していこうとなったそうです」。
「笹団子が全国的に注目されるようになったきっかけは、昭和39(1964)年に開催された新潟国体です。また、東京オリンピックも開催された年でもありました。新潟国体の開催でかなり注目を集めるタイミングなので、新潟市をPRするのに何か良いお土産はないかという打診が開催される数年前から祖父にあったようです。それで祖父が中心となり、この笹団子を新潟のお土産として、推していこうとなったそうです」。
当時の笹団子は「蒸す」のではなく、「茹でる」製法が主流。しかし、それだと日持ちがしない…など、「お土産」として売り出すにはいくつかの条件があったため、笹川さんのお祖父さまを中心にそれらの問題をクリアすべく、試行錯誤の日々が続きました。他社の皆さんや研究機関との協力の末、お土産としての笹団子のマニュアルを作り、各店の個性も大切にした、新潟土産としての笹団子が誕生したのです!
「新潟県と新潟市から推薦特産品として初認定を受け、新潟国体開催のタイミングで、新潟土産として盛大に笹団子の販売を開始しました。選手はもちろん、その家族やコーチ達も全国から集まるので、その人たちが笹団子をお土産としてそれぞれの地域へ。このようにして全国各地に笹団子が広まり、自分たちで作って食べていた笹団子が、お土産としての笹団子へと変化していきました」。このようにして、新潟県民のおやつとして親しまれていた笹団子が全国に広まっていったのですね。
「新潟県と新潟市から推薦特産品として初認定を受け、新潟国体開催のタイミングで、新潟土産として盛大に笹団子の販売を開始しました。選手はもちろん、その家族やコーチ達も全国から集まるので、その人たちが笹団子をお土産としてそれぞれの地域へ。このようにして全国各地に笹団子が広まり、自分たちで作って食べていた笹団子が、お土産としての笹団子へと変化していきました」。このようにして、新潟県民のおやつとして親しまれていた笹団子が全国に広まっていったのですね。
世代を超えて多くの人に愛される、笹川餅屋の笹団子
「新潟名産笹団子」の火付け役として、笹団子を多くの方に届けてきた笹川餅屋さん。
創業以来、「ほんものの味を」をモットーに、初代から6代目・太朗さんまでバトンが引き継がれてきました。
原材料のもち米、うるち米、笹、ヨモギも主に新潟県内産にこだわり、昔ながらの製法を大切にしながらも、その時代の嗜好に沿って、あんこの甘さを変えているという笹川餅屋の笹団子。
笹のさわやかな香りに包まれ、ヨモギで色づけられた弾力のある団子に、程よい甘さの小豆あんがたっぷりと入っています。
ツブあん、コシあんともに1個280円で、ツブあんは1個から、コシあんは5個単位で販売しています。
創業以来、「ほんものの味を」をモットーに、初代から6代目・太朗さんまでバトンが引き継がれてきました。
原材料のもち米、うるち米、笹、ヨモギも主に新潟県内産にこだわり、昔ながらの製法を大切にしながらも、その時代の嗜好に沿って、あんこの甘さを変えているという笹川餅屋の笹団子。
笹のさわやかな香りに包まれ、ヨモギで色づけられた弾力のある団子に、程よい甘さの小豆あんがたっぷりと入っています。
ツブあん、コシあんともに1個280円で、ツブあんは1個から、コシあんは5個単位で販売しています。
原材料や製法にこだわるからこそ、笹川さんは、「大手に比べたら、数量は多く作れない」と話していましたが、真摯な姿勢で取り組む笹団子作りは幅広い世代のお客さんの心に届き、ご縁となって繋がっています。
「ありがたいことに、年に一度東京在住の90代の方が手紙などで注文してくださいます。ほかにも、自身の親が購入していて、そのお子さんが懐かしいと買いに来てくれるケースも」。
この取材中も小さなお子さん連れの親子や男性の方などのお客さんの姿が。笹川餅屋さんの笹団子が、いかに幅広い年代の多くのお客さんに愛されているのかが伝わるのではないでしょうか。
「ありがたいことに、年に一度東京在住の90代の方が手紙などで注文してくださいます。ほかにも、自身の親が購入していて、そのお子さんが懐かしいと買いに来てくれるケースも」。
この取材中も小さなお子さん連れの親子や男性の方などのお客さんの姿が。笹川餅屋さんの笹団子が、いかに幅広い年代の多くのお客さんに愛されているのかが伝わるのではないでしょうか。
今後大切にしたいことは?
笹川さんに今後の目標や大切にしたいことについて聞いてみると、「基本的には何事にも真摯に、お客さまたちに求められるものはブレないようにしたいと思います」。歴代の店主からのバトンを引き継ぎ、その時代に沿った好みを受け入れながらも、守るべきところは守りたいと話してくださいました。
「変えちゃいけないところと、変えて良いところはあると思いますが、皆さんに求められるものを提供できたら、今後もお店を続けられるのかなと感じています」。
また、「いろんな笹団子があって良いと思うので、その中でお客さんが自分の口にあったものを選べるのが、新潟の笹団子の良いところだと。全部同じ笹団子になってしまったら面白くないので、選べる点も楽しいと思いますね」というお話も。
笹川餅屋では、お餅をはじめ、桜餅などの季節商品や豆大福のほか、笹川さん自らが企画し、デザインしたマグネットといった新潟土産も並んでいます。
笹川餅屋では、お餅をはじめ、桜餅などの季節商品や豆大福のほか、笹川さん自らが企画し、デザインしたマグネットといった新潟土産も並んでいます。
こちらの新潟名物のマグネットは海外のお客さんにも好評だとか。新潟名物が描かれたマグネットは、思わず手に取りたくなるかわいさです。
伝統を守りながらも、新たなことに挑戦する笹川餅屋さん。
新潟を代表するおやつは、今も昔も変わらず、そしてこれからも…、私たちにとって身近なおやつであることに違いありません。
新潟を代表するおやつは、今も昔も変わらず、そしてこれからも…、私たちにとって身近なおやつであることに違いありません。
ぜひ、お土産として、家庭でのおやつとして、大人も子供も一緒に「笹団子」を囲んでひと息つきませんか?
そのおいしさで、みんなの心が和らぎ、笑顔にしてくれるでしょう。
そのおいしさで、みんなの心が和らぎ、笑顔にしてくれるでしょう。
笹川餅屋
住所/新潟県新潟市中央区西堀前通4番町739
TEL/025-222-9822
営業時間/8時~18時※商品完売時、早めに終了する場合あり
定休日/1月1日~3日、ほか不定休※ホームページにて毎月の休業日を掲載
駐車場/2,000円以上の商品購入で、契約駐車場100円分の駐車券配布あり
この記事を書いた人
新潟生まれ、新潟育ち。地域情報誌の編集者を経て、フリーランスの編集・ライターとして活動中。
新潟の食文化やグルメに加えて、毎日が楽しくなるようなコトを発信したいです。コーヒーと焼き菓子、アイスが好き。
Instagram:https://www.instagram.com/minori.tsukimoto