140年前のインフルエンサー、イザベラ・バードゆかりの地を巡る/阿賀町・新潟市・胎内市


2024年01月07日 2258ビュー
日常を離れてどこか遠くへ…旅はワクワクと心躍るひとときですよね。お気に入りの場所を訪ねたり、観光名所を巡ったりするのももちろん良いですが、未知なる場所へ足を運ぶのも旅の醍醐味のひとつです。
イザベラ・バードというイギリス人旅行家をご存じでしょうか。ヴィクトリア朝時代にアメリカ、カナダ、オーストラリアなどを旅した彼女は、その様子を紀行文として発表し、ベストセラー作家となりました。SNSなどなかった時代、本が果たす役割は今よりも大きかったことでしょう。
(写真提供:日和山五合目)

本を手に旅へと出発!

バードは日本にもやって来ました。1878年に来日し各地を回り、『日本奥地紀行(英題:Unbeaten Tracks in Japan)』という本に記したのです。横浜に上陸した彼女は日光、会津を経由して新潟を訪れます。その後、東北と北海道を回り、さらに関西、伊勢へも足を伸ばしました。
バードは妹のヘンリエッタに手紙を書くようなスタイルで、日本での旅の様子を記しています。その面白さ、読みやすさから『日本奥地紀行』も評判となりました。まちあるき番組の「ブラタモリ」でも、日光が国際的な観光地になったのは、イザベラの本がきっかけで多くの外国人が訪れるようになったから…と紹介されていました。バードは今で言うインフルエンサーのような存在だったのです。
この本はいくつか日本語訳が出ていますが、なかでもお薦めなのが、地理学者で京大名誉教授の金坂清則さんが訳した『完訳 日本奥地紀行』です。

津川から始まる新潟の旅

さて『完訳 日本奥地紀行』をひもといて、新潟県でのバードの足取りをたどってみましょう。バードは福島県の会津から、車峠の悪路を越えて新潟県へと入ります。そして最初に宿泊したのが津川でした。滞在した宿屋の主人と、興味深い会話を大いに楽しみました。また食事で出された鮭の切り身(サクラマスという説あり)は、これまで味わったことがないほど美味しかったそうです。
津川は7月1日から3日まで滞在。その後、船で新潟に向かいます。
阿賀野川のほとりにある「道の駅 阿賀の里」は、阿賀野川ライン遊覧船の乗り場でもあります。遊覧船の名前はずばり「イザベラ・バード号」。施設内には食事処やお土産処があり、地酒や銘菓、阿賀町の花である雪椿を使った特産品などが販売されています。

イザベラ・バード号で船旅体験

遊覧船「イザベラ・バード号」は9時から15時まで毎正時、1日7便運航しています。
天候やメンテナンスなど状況によっては変更の可能性がありますので、ホームページなどでご確認ください。また冬季は9時の便がお休みになります。
屋根や窓が付いた冷暖房完備の船で、通年快適に阿賀野川の雄大な景観を楽しめます。春は桜、夏は緑、秋は紅葉、冬は雪景色と、四季を通じて魅力的な風景が広がります。
阿賀野川を船で下ったバードは「うっとりするような風景」「もっとゆっくりできればうれしいのにと思えるほど美しかった」と記しており、川旅を楽しむ様子が伝わってきます。阿賀野川のことを「まるで廃墟なきライン川」とも表現し、美しさの点ではそれにも勝ると絶賛しました。

道の駅 阿賀の里

住所:東蒲原郡阿賀町石間4301
TEL:0254-99-2121
営業時間:9:00-17:00(冬季短縮営業の可能性あり)
遊覧船料金:大人2,000円/11歳以下1,000円/5歳以下は大人1人につき1人無料/乳児無料

津川まちあるきのお供に

津川のまちを歩いたバードは「切妻造りの家が通りに面して並び、庇の下が通路となって続いており(とんぼのこと=雁木を津川ではそう呼びます)」「通りは二度直角に屈折し」とまちの様子を書き残しました。
津川では今もとんぼ通りや鉤形の道を見ることができます。
津川のまちあるきの時にお薦めなのが「パンとおやつ 奥阿賀コンビリー」です。店名は津川の方言「小昼(こびり)=おやつ」にかけたもの。惣菜パンやおやつになりそうなスイーツ系のパンなどが並んでいます。オーナーの柳沼陽介さんは『日本奥地紀行』を読み、バードが「砂糖入りの卵白でこしらえた薄い軽焼き菓子」を津川で購入したことに注目。そのバードが食べたお菓子をイメージしたクッキーを、グラノーラとして販売しています。

パンとおやつ 奥阿賀コンビリー

住所:東蒲原郡阿賀町津川3668
TEL:0254-92-7100
営業時間:10:00-17:00
定休日:火・水曜日

かつて舟運で栄えた津川には「河港跡」が残されています。ここからバードは新潟に向けて乗船。バードが乗る船は朝8時に出港予定でしたが、早々に満員になりそうだということで、早朝5時にあわてて乗船しました。
川は「もっとゆっくりできればうれしいのにと思えるほど美しかった」そうです。
県内ゆかりの地ではバードが来県した7月前後を中心に、ガイドによるまちあるきのイベントを行っています。
津川では、7月1日〜3日に90分のまちあるきの後、希望者のみですが、40分間のモーターボート遊覧体験も用意されています。バードが実際に見たものに近い景色を堪能できますよ!

津川のまちあるきに関する問い合わせ

阿賀町まちづくり観光課
TEL:0254-92-4766

旅の目的地の一つ、新潟に到着!

阿賀野川の船旅は、上りは5日間かかると言われていましたが、下りはそれに比べるとあっという間。早朝に出港し、午後3時には新潟に到着しました。7月3日から10日までおよそ1週間、英国教会伝道協会の宣教師として新潟に赴任していたファイソン夫妻の宣教師館に身を寄せます。
バードは牧師の家に生まれており、新潟を目的地にした理由のひとつは、新潟におけるキリスト教の伝道活動について学び知るためでした。宣教師館があったのは上の写真のあたり、今の新潟市役所前の交差点付近です。
新潟市役所の前には松の大木があります。案内看板によると背の低い方は樹齢およそ800年、高い方が300年と言われているそうです。バードも滞在中、この松を見ていたのではないでしょうか。
多才なバードは自ら挿絵も手掛けていますが、新潟で描いた絵が2点ほど掲載されており、そのうちの1枚が西堀通の様子を描いたものです。絵が添えられた文章の見出しは「絵のように美しい町通り」とされています。「これまで見てきた町の中で最も整然とし、最も清潔」と褒められた新潟の町ですが、実はこれには事情がありました。2ヶ月後の9月に明治天皇の巡幸を控え、地域の人たちは最大限の努力で町の美化に努めていたのです。
バードが描いた絵と、その絵が描かれたと思われる場所の現在の様子を並べてみました。いかがでしょう?堀があったころの様子が蘇ってきませんか?

水の都・新潟の歴史に触れる

新潟市歴史博物館みなとぴあは、「郷土の水と人々のあゆみ」をテーマにした博物館。クラシカルで重厚な本館の建物は、明治時代の2代目新潟市庁舎のデザインを取り入れたものです。
常設展示室の一角に2018年からコーナーを設け、『日本奥地紀行』の原書を展示しています。
みなとぴあは、明治初期に開港5港のひとつとして栄えた「水の都にいがた」の歴史と文化を伝える場所でもあります。博物館の敷地にはかつての堀のある町並みが再現されており、散策しているとタイムスリップしたような気分が味わえますよ。
一角には旧新潟税関庁舎も立っています。こちらは明治2年に「新潟運上所」として建築されたもので、その後税関と名称を改め1966年まで使われてきました。開港時代のものとしては現存する唯一の建物で、建築好きは必見です。

新潟市歴史博物館 みなとぴあ

住所:新潟市中央区柳島町2-10
TEL:025-225-6111
開館時間:9:30-18:00(4〜9月)/9:30-17:00(10〜3月)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)/年末年始
常設展観覧料:一般300円/大学生・高校生200円/中学生・小学生100円
※周辺施設の旧新潟税関庁舎、旧第四銀行住吉町支店、屋外芝生広場は見学・入場無料

みなとぴあを訪ねた後は近くの「港茶屋」で一服してみてはいかがでしょうか。バードは通り沿いの格子のはまった民家についても言及しており「通りから家の中をのぞくと、おとぎの国を眺めているような気分になる」と書いています。
国登録有形文化財の築110年以上の古民家で、ゆったりと美味しいスイーツを味わうことができますよ。雪室甘味セット(税込930円)と、手作りぷりん(税込600円)をいただきました。

魚や片桐寅吉/港茶屋

住所:新潟市中央区上大川前通12番町2742
営業時間:
 魚や片桐寅吉 11:00-15:00、17:00-21:00(夕食利用の場合は前日15時までに要予約)
 港茶屋(喫茶) 11:00-15:00

寺院の様子に興味津々

バードが新潟で描いたもう1枚の絵は、2人の僧侶が向かい合って立っている絵でした。
敬虔なキリスト教徒だったバードは、日本の宗教にも深い関心を寄せており、寺町に建ち並ぶ寺院について詳しく書き残しています。法話を聴くために訪ねた寺について、具体的な名称は書いてありませんが『完訳 日本奥地紀行』の注釈では「確実な特定はできないが、勝楽寺の可能性が高い」としています。
ここはかつて英国領事館が置かれた場でもあり、イギリス人であるバードにとっては、数ある寺院の中でも、母国にゆかりある場所でもありました。
少し足を延ばして「日和山」登山はいかがでしょうか。バードが書いている「ここに上らないことには(街を)一望できない」の「ここ」と推定されている場所です。
日和山はかつて湊町新潟にとって重要な場所でした。当時の人たちはここで日和(天気)の良し悪しを見て、船を出すかどうか決めていたのです。山頂には航海安全祈願の住吉神社もありますよ。
新潟市では年に数回、イザベラ・バードのまちあるきイベントを開催しています。バードの目線でゆかりの地を歩くという趣向で、『日本奥地紀行』の原書を持ったガイドが案内してくれます。

新潟のまちあるきに関する問い合わせ

新潟シティガイド 小野塚さん
090-4477-9085
yukinosaezuri52@ezweb.ne.jp

中条でパーム医師の面影を探す

バードが新潟に来た目的のひとつは、新潟におけるキリスト教の伝道活動について知るためと先述しましたが、具体的には「主たる目的は、パーム医師が進めている医療伝道活動について学び知ることにあった」と書いているのです。
T・A・パームは医師兼宣教師で、新潟に病院を作り医療活動をしながらキリスト教の普及に努めました。
胎内市の中条教会は、そんな2人の縁がしのばれる場所なのです。
パームは、中条に若い医師たちが開設した診療所を、月1回のペースで訪ねていました。新潟を後にしたバードは山形へと向かったのですが、その途上、中条から新潟に戻るパームとすれ違っており、わざわざそれを書き留めています。
中条教会にはパーム一家の写真が残されており、まちあるきイベントに合わせて公開されます。
中条のまちあるきイベントでは、中条教会のほかに町家の老舗企業や人気料亭などを巡ります。

中条のまちあるきに関する問い合わせ

胎内市商工観光課
0254-43-6111
kankou@city.tainai.lg.jp

新潟イザベラ・バード研究会の代表を務める伊藤頼子さんは「全国的に見ると、バードさんの足取りを追いかけて旅行する人もいるくらい人気がある。この『財産』をぜひ有効活用していきたい」と抱負を語りました。
また同研究会のメンバーでもあり、「ブラタモリ」で新潟の街案内もしていた、路地連新潟 代表の野内隆裕さんは「バードが訪ねた場所は、それが観光促進の一助になっている。新潟に彼女が来たことをもっと多くの人に知ってもらいたい」と話しました。
(日和山五合目にて)

イザベラ・バードゆかりの地

この記事を書いた人
和田明子

長岡市のリバティデザインスタジオで、夫とともにグラフィックデザインやコンテンツ制作を行う。アート、映画、文学、建築、カフェ巡り、旅行、可愛いものが大好き。ウェブマガジン「WebSkip(https://webskip.net/)」も細々と更新中

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