隠れ家的スポット「樹下美術館」で静かに作品鑑賞し、庭を眺めながらカフェを楽しむ/上越市


2024年05月18日 716ビュー
美術館でアートに触れるひとときは、心躍るもの。上越市にある樹下美術館は展示されている美術作品はもちろん、建築家による凝った意匠の建物やセンスの良い調度品、軽食やスイーツを堪能できるカフェ、それらを取り巻く庭園など、来館者が楽しめる仕掛けがいくつも用意されているのです。
開館は2007年6月。上越市ゆかりの作家である、齋藤三郎さん(1913〜1981)の陶磁器と、倉石隆さん(1916〜1998)の絵画作品を常設展示する私設美術館で、館長の杉田玄(ふかし)さんは現役の医師という全国でも珍しい施設です。
杉田さんが齋藤三郎さんの器と最初に出会ったのは、まだ幼い頃。杉田さんの父が器を収集するようになったことがきっかけでした。齋藤さんは旧栃尾市(現長岡市)の出身で、陶芸家を目指し、後に人間国宝となる富本憲吉近藤悠三に師事。独立後は活動の場を関西に移し、寿屋(現サントリー)の鳥井信治郎が営む兵庫県宝塚市の寿山窯で作陶を行います。戦後、兄のいる上越市に身を寄せ、以降は同地で作家活動を続けました。杉田さんの父と縁が出来たのは戦後間もない頃です。
年に1回、齋藤さんが窯焚きを行う頃になると「父がリュックを背負って出かけて、それを器でいっぱいにして帰ってきた」と、杉田さんは当時を振り返ります。「戦後間もなくの暗い時代、齋藤さんの作品がわが家に明るさをもたらしてくれました。父が齋藤さんの窯を訪ねるたびに、次はどんな器に出会えるのか、ワクワクしました」。
いつしか齋藤三郎という陶芸家は杉田家にとって特別な人となり、齋藤作品は「幸せの器」として思い出深いものになっていったのです。

ひとつの器との出会いが導いた美術館開館

その後、大人になり父と同じ医師の道を歩んだ杉田さんは、いつしか趣味の世界でも同じように齋藤さんの作品を収集するようになっていきました。「齋藤さんのすごいところは、絵柄などがいつ見ても新しいところ。出会うたびに新鮮な驚きがある」とその魅力を語ります。「素晴らしいものは人に見せたくなる。今でいうところの『シェアしたい』という気持ちですよね」。作品の素晴らしさを多くの人に伝えるために、美術館を造りたい…その思いが確信に変わったのはある作品との出会いでした。
その作品が、上の昭和20年代後半に作られた「色絵椿文鉢」です(図録「樹下美術館の齋藤三郎」より転載)。齋藤さんが得意とする椿、見事な赤色、風格ある文字と、杉田さん曰く「三拍子揃った作品」で、これを核とした美術館を造れるのでないかという手応えを感じたそうです。
美術館は毎年12月16日から翌3月14日までを冬期休館としており、春から秋までの開館となります。2024年は3月15日から9月3日まで「齋藤三郎の文様展」を開催。湯呑み、皿、陶箱、壺など、さまざまな器がモチーフごとに分類、展示されています。いずれにも、見事な文様が施されており、齋藤三郎という陶芸家の表現者としての幅広さを感じることができます。
杉田さんは、父がリュックから器を出すたびに「次はなに」と楽しみだったそうですが、展示室で作品を観て回る私も同じように、「次はどんな器かしら?」とわくわくした気持ちで鑑賞しました。
「地味ながらも麗しく、品がある」。杉田さんが齋藤作品を評した言葉です。ゆっくり器と会話するように、お気に入りの一品を探すような気持ちで見てみるのも楽しいですね。

遠縁にあたる画家の作品を展示

もうひとりの作家、倉石隆さんは上越市生まれの画家です。倉石さんの夫人と杉田さんは「はとこ同士」という関係。そのご縁で1995年に新潟市美術館で「倉石隆展」が開催されたときに、夫人からテープカットを依頼されました。残念ながら会場には行けなかったそうですが、その後送られてきた図録を見てすっかり作風に魅せられ「毎晩のように」眺めたそうです。
その後、倉石さん本人を訪ねる機会を得て、当時まだ構想中だった美術館の話をしたところ「カフェの壁にでもかけてもらえれば」と夫人が申し出たそうです。それがきっかけとなり収集した作品を、展示公開しています。2024年は「兎に角 生きる展」と題した企画展を3月15日から12月15日まで開催しています。
倉石さんの作品は人物画が多いのが特徴です。「人物画というと美しいモデルを描く人が多いですが、倉石さんは日常で目にする普通の人たちを一生懸命描いています。人は大きな夢を持っていても、とりあえず今を生きる事に精一杯だったりしますよね。生きるということは、そういった日々の連続ではないでしょうか」と杉田さんは語ります。
今回の展覧会で展示されている12点は、そんな館長の視点で選んだいずれも「精一杯生きている印象」の作品が並びます。ここ数年、世界は大きく動き、今までの常識が通用しないような大変な時代になってきました。展示されている作品たちは、そんな日々を生きていく私たちへのエールのようにも感じられました。
作品鑑賞の折に、ぜひ注目してほしいのが倉石作品の展示室に置かれた椅子です。これは天童木工の「マッシュルームスツール」で、フランスのパリ装飾美術館へパーマネントコレクション(永久収蔵品)として選定された名作家具です。実はこの椅子、倉石さんの長女・山中阿美子さんのグループがデザインしたものなのです。樹下美術館で、親子の作品がジャンルを超えて向かい合っているという、驚きの演出なのでした。

きれいな庭でピクニック気分のカフェ

美術鑑賞のあとは、併設のカフェを訪ねました。額縁のような窓の向こうには美しい庭園が広がっています。年間を通して楽しめる植物はおよそ100種類前後だそうです。
このカフェスペースは地面が掘り下げてあり、通常よりも低い視点で庭を見渡せるというユニークな仕掛けが施されています。そのため館内にいながらにして、ピクニックをしているような気分を味わえるのです。
コーヒーや紅茶はロイヤルドルトン、マイセンなどそうそうたるブランドコレクションから選ぶことができます。どれも美しく迷いましたが、紅茶(ポット550円)をイッタラ「タイカ」シリーズ、コーヒー(カップ450円/ポット550円)をバーレイ「ブルーキャリコ」でいただきました。
カフェでは軽食も提供。いずれもフルーツとピクルス、カップ約2杯分のコーヒーまたは紅茶がポットで付いてきます。
こちらは定番メニューのひとつ、ベーグルサンドセット(1,200円)です。
今年から提供が始まったドライカレーセット(1,200円)です。メニューを開発したのは館長の奥様で副館長を務める杉田良子さんです。「毎年新しいメニューをひとつ入れて、古いものをひとつやめて…というサイクルでやっています。2024年の限定メニューはこちら。お子さまでも喜んでいただけるような優しいお味ですよ」
メインのお料理が美味しいのはもちろんですが、セットで付いてくるピクルスも絶品でした! 旬のお野菜を使うため、季節によって内容が変わるそうです。
スイーツメニューも充実。ケーキは洋梨やりんごのタルト、ガトーショコラやアイスクリームなど8種類ほどを用意。右がモンブラン、左があんかけロールケーキです。(ケーキ単品550円/コーヒーか紅茶のセット1,000円)
カフェでは飲食が終わった後の時間に、番茶が提供されるのですが、そのときの茶碗は齋藤三郎さんか、三郎さんの息子さん・齋藤尚明さんの作品なのだそうです。うれしいサービスですね。
美術館をぐるりと囲むように庭があり、一部ですが散策可能なエリアもあります。
外にはウッドデッキもあり、一面の田園風景を楽しむことができます。椅子に座り、心地よい風を感じながらゆっくりと緑を見ていると、心洗われたような気持ちになりました。

樹下美術館

住所:上越市頸城区城野腰451
TEL:025-530-4155
営業時間:10:00-17:00
定休日:水曜日(12月16日~翌3月14日は冬期休館)※祝日は開館
入館料:大人・大学生 300円、中・高校生 100円、小学生 50円(カフェのみ利用の場合は不要)

樹下美術館

この記事を書いた人
和田明子

長岡市のリバティデザインスタジオで、夫とともにグラフィックデザインやコンテンツ制作を行う。アート、映画、文学、建築、カフェ巡り、旅行、可愛いものが大好き。ウェブマガジン「WebSkip(https://webskip.net/)」も細々と更新中