日本海側の海水浴発祥地で幻の天然水族館を探す/柏崎市


2025年09月21日 29ビュー

みなさん、ご無沙汰しております。
田中新之助です。
「ご無沙汰」どころか「はじめまして」の方がいらっしゃるかも知れません。


気がついたら2年もの間、「たびきち」から遠ざかっていたんですね。
月日の流れは早いものです…。
「毎日を大切に過ごさねば」と反省して、この度復活させていただいたのでした。
どうぞよろしくお願いします。

ごあいさつも済んだところで、今回のテーマを紹介したいと思います。
それは柏崎市の鯨波にかつて存在したという「天然水族館」です。
当時の写真には「天然岩放漁場」と文字が記されていて、生簀みたいな海を覗き込む家族連れの姿が写っています。

手がかりを求めてやってきたのは、柏崎市鯨波にある老舗旅館「浪花屋 夕凪亭(なにわや ゆうなぎてい)」。
社長の佐藤さんから色々教えていただきました。

現在はレジャーとして楽しまれている「海水浴」ですが、当初は「潮湯治(しおとうじ)」という健康法として推奨されていました。
それで神奈川県の大磯海岸に日本で初めての海水浴場が誕生し、日本海側で初めて海水浴場が鯨波海岸だったそうです。
いわば「日本海の海水浴場発祥地」だったわけですね。

京都の宮家に支えていた「浪花屋」の祖先が新潟の神社に参内した際、この岬の眺望に魅せられて茶屋を始めたのが旅館業のきっかけだったとか。
明治に北越鉄道が開通すると、県外からの海水浴客が増えたことから「浪花屋旅館」として旅館業へ。
昭和30年頃は2軒に1軒が民宿を営んでいたそうですから、その賑わいぶりがどれほどだったかわかりますね。
普段は無人駅だった「鯨波駅」にも、夏の海水浴シーズンには臨時で駅員が来ていたそうです。

「浪花屋旅館」は、平成6年に「浪花屋 夕凪亭」としてリニューアルしました。

「浪花屋 夕凪亭」の裏には橋を渡ったところに庭園があり、国定公園に指定されているそうです。

その下のトンネルを潜り抜け、坂を下ると「鯨波海岸」へ行くことができます。
その先に、かつて浪花屋さんがやっていた「天然水族館」のあった場所が残っているということでした。


過去に通じる通路のようで、ちょっとワクワクしながらトンネルを潜ります。

トンネルを潜り抜けると、眼下には鯨波の海が広がります。

そして堤防の向こうには、岩場に通路のようなものが伸びている気になるエリアが…
もしや、あれが「天然水族館」の跡地なのでは!

期待に思わず足を早め、坂を降りた時にはハアハアと息を切らして汗だくになっていたのでした。
無理をするものではありません。
堤防には階段がついているので、たやすく上り下りすることができます。

あんまりテンションが上がり過ぎて、海に落ちないよう気をつけながら下りていきましょう。
目の前に現れたのは、人工的に囲われた生簀のような空間でした。
そう、ここが「天然水族館」のあった跡地だったのです。

ところどころに通路があり、海の上を歩くことができます。
海の中にはところどころに、建造物があったのはないかという残骸が見えます。
佐藤社長の記憶では東屋のようなものもあったそうです。
「弁天島」遊歩道の途中には弁天様のような石像の祀られた洞窟もあります。

せっかくだからお祈りしておきます。
「モテ期が来るように」

「海に落ちろ」という読者の声が聴こてくるようだ…。

辿り着いた先には「弁天島」があり、その上には「国土交通省 柏崎験潮場」の建物がありました。
ここで潮位などを観測しているようです。

「弁天島」の上には気になるものがたくさんあって、まるで遺跡のようです。

「天然水族館」は人気を博して、昭和の初めから昭和44年まで続いていたそうです。

かろうじて何点かの写真が「浪花屋 夕凪亭」に残っていましたが、できれば写真や跡地ではなく実物を見てみたかったですね。
しかたがないので、跡地を眺めながら想像を巡らせてきました。
「浪花屋 夕凪亭」では「全国ご当地丼グランプリ」に輝いた「柏崎鯛茶漬け」を味わうことができる他、明治から作り続けている「鱈の親子漬け」を買い求めることもできるんです。

「鱈の親子漬け」は、ほぐしたタラの身と卵、生姜を使った酢漬けで、あっさりとしているせいか食欲がない時にもご飯が進みます。
ぜひお土産にいかがでしょうか?

浪花屋 夕凪亭

〒945-0855
新潟県柏崎市鯨波3丁目11−6
tel.0257-23-3030

この記事を書いた人
田中新之助(たなかしんのすけ)

新潟を愛する万年新米ライターです。持ち前の粘り強さで味わい深い記事を書いていきたいと思ってます。とくに観光ガイドには載っていないような、新潟の珍スポットや変スポットに力を入れて紹介していきたいです。