ものづくりのまちを堪能する 現地の人と触れ合う旅に出かけよう /燕市


2023年03月16日 2941ビュー
ひとり旅であっても大人数の旅であっても、初めて食べる料理やその土地に住む人との交流、心躍らせる景色。旅でしか得られない体験はいくつもあります。
 
「そろそろ遠出をしてみたい」
そんな人にとって日本有数のメジャーな観光地を巡るよりも、その土地の住民であるかのように、訪れる土地に馴染みながら遊ぶ。コロナ禍以降ではそんな体験が求められているのではないでしょうか。
 
地域特有の旅。現地に住む人とコミュニケーションを取ったり、地元民しか知らない場所に出会うには、その土地を知るローカルガイドの存在が欠かせません。著者が住む新潟県燕三条地域では「株式会社つくる(以後、つくる)」がそう。
※「つくる」が提供する、燕三条地域でのアクティビティ体験例。
 
「つくる」では、旅行業務取扱管理者を持つ山田立さんが中心となり、ランドオペレーターと呼ばれる燕三条地域での旅行サービスを提供しています。例えば、2013年から続く燕三条及びその周辺地域で開催されている大型イベント「燕三条 工場の祭典」でのオフィシャルコンテンツ、「JALふるさと応援隊 新潟」とのコラボレーションツアー「Limited KOUBA Tours」を行いました。他にも、燕三条地域でのオーダーメイド旅行や地域特有のモノづくりを体験できるアクティビティ開発に取り組んでいるそう。
 
今回、2022年12月10日と2023年1月21日に開催された、ものづくりの背景や奥深さにふれられる体験アクティビティを堪能してきました。ガイドブックには載っていない、燕三条地域の工場を巡る旅をご一緒に楽しんでもらえたらうれしいです。
※工場での体験アクティビティに関して、工場に直接ご連絡するのはご遠慮ください。
※「つくる」の山田立さん(中央)と共に燕三条地域の工場を巡ってきた。

創業70年以上、“切り出し”一筋 「増田切出工場」でペティナイフ作り

最初に訪れたのが、新潟県三条市にある切り出し工場「増田切出工場」です。増田切出工場では創業70年以上、刃物の“切り出し”を作り続けてきました。この工場にお邪魔して行われたのが、切り出しの技法を使った体験アクティビティ「ペティナイフ作り」です。
 
まず、切り出しとは何か。切り出しとは、細やかな作業ができる小刀を指します。そして、今回作るのが、刃渡りが短い万能刃物のペティナイフ。果物のカットや小さい食材の皮むきに使える便利な刃物と聞いて、あっと気づく人もいるでしょう。自宅に1本、ペティナイフがあると料理のバリエーションが広がる一方、市販のものでは自身の手の大きさと形が合わないことも。
 
「つくる」が提供するペティナイフ作りでは、増田切出工場に古くから伝わる製造技法を体験し、自身でマイペティナイフを完成させるまでを行います。ペティナイフ作りの講師を務める増田切出工場の3代目増田吉秀さんのもと、半日限定の鍛冶屋見習いとなりました。
※ペティナイフの原型である鉄。
 
「増田切出工場では創業当時から、手仕事での製造にこだわってきました。なぜなら、お客さんの用途や要望に沿う切り出しのサイズや形作りが、自動化機械では再現しづらい。だから、刃物を叩くスプリングハンマーを始め、切り出しの技法は手仕事です」
 
増田切出工場の歴史にふれながら、ペティナイフの素材である鉄のサイズ選びから始めました。
 
「私の手は小さいから、小型サイズがいいかな」、そう言いながら自身の手のひらを眺める私たち。原型の鉄が決まったら、窯で熱して柔らかくなった鉄と固い鋼を鍛接する「鋼付け」の技法から教わりました。
ガンガンガンーー
 
工場内に響くのは、金槌の規則性のある音。それは、鉄と鋼をくっつけるために増田さんが金槌を叩く音です。その姿を見た私たちは興味津々で「叩いてみたい」と。
 
ここで鋼付けの体験を行いました。鉄と鋼の鍛接にズレがないかを、ライトで照らしながら確認し、金槌で叩く。マイペティナイフのため、繰り返し行なっていきました。
ここで、一番むずかしい工程とされる鍛造体験。
 
鍛接を終えたばかりの鋼をスプリングハンマーを用いて伸ばしながら、刃の厚さを刃先に向かって薄くする工程。このハンマーは足で動かすもの。踏み込む力によってハンマーが動くスピードや強さが変化するため、熟練した技術が求められます。
 
熱した鋼を、はじめて近くで見た私たち。及び腰になりながらハンマーを動かしていると、「それではダメだよ」と増田さんから檄が飛びます。鋼をしっかりと伸ばさないと、鉄と鋼のつなぎ目に穴が開いてしまうそう。むずかしい鍛造体験に対して悪戦苦闘でした。
増田さんに手を添えられてハンマーを動かしてみると、表面が刃先に向かって細く平らになっていきます。
 
「すごい……」
鍛冶屋の業界では、職人が頭でこう作りたいと思っても、実際に形にするまでに10年以上の鍛錬が必要だそう。体験してみると、驚きというかそれはそうだと頷くことばかりです。
ペティナイフの形が見えてきたところで「成形」に進みます。成形とは刃を付けるために、正確な形状まで削る工程。増田切出工場で使用する鋼を削る砥石は大きい。料理屋で見かける砥石と比べられないほどでした。
 
その砥石で鋼を削っていきます。「バチバチ」と火花を散らしながら刃先に向けて均一に細くなっていく。実際は、強く押し付けるのではなく、表面を優しくなぞるように削ります。この力加減がむずかしい。先端が細く、輝き出しそうなぐらい成形しました。
こうした焼く、叩く、削るだけでは刃物が完成しません。刃物は自宅や職場で使い続けてから本来の役割を果たします。だから、最終工程として「焼入れ」と「刃付け」、「柄入れ」の工程を行いました。
 
増田切出工場では、こうした1本1本に時間と手間をかけて手仕事で作っているのは、使う人が長年愛着を持ち続けて使ってほしいから。刃物の加工機を活用するものづくりでは、こうした職人の思いまでは伝わらない。そして、手仕事だから職人も作っていて楽しいそう。それが共有できるから切り出しは守り続けたいと言います。
 
「刃物を作ってみて、力作業よりも繊細さが求められるのはお分かりでしょう。だから、鍛冶屋の職人は昨今、女性の活躍が目覚ましいんです」と今後、鍛冶屋が歩むであろう方向性についても語りました。
 
これから、自宅で料理するのが楽しみになる体験アクティビティ。金属加工が盛んな地域だから成せる体験と、職人の思いにふれることができる時間でした。
※株式会社つくる:画像提供

200年の歴史を誇る鎚起銅器の老舗「玉川堂」と銅の小皿作り

続いてお邪魔したのが、新潟県燕市の「玉川堂(ぎょくせんどう)」です。玉川堂では200年以上、伝統的工芸品と呼ばれる鎚起銅器(ついきどうき)を作り続けています。
 
「つくる」が提供する、玉川堂での体験アクティビティは2本立て。1本目は、鎚起銅器が歩んできた歴史を知り、長年作品を作り続けてきた職人とコミュニケーションが取れる「工場見学ツアー」。2本目に一枚の銅板を使用して作る「銅の小皿作り」が行われました。
 
はじめに、工場見学ツアーに向かいました。
※玉川堂で工場案内を務めるマシュー ヘッドランドさん(右)
 
玉川堂での案内人はマシューさん。まず、鎚起銅器が作られるまでの歴史について教えてくれました。近隣の弥彦山で採れた銅を使って生活の道具を作ったことから銅器作りが始まったそう。
 
玉川堂では当時の伝統手法を受け継ぎながら、時代の流れに合わせて製品作りを進化させてきました。燕の銅器の大きい特徴が化学変化による着色です。
マシューさんに見せてもらったのがいくつかの色見本銅。着色の方法によって名称や色彩が異なっていました。しかも、光の当て具合によって銅が茶色から青く見えたり、素材一つひとつの可能性を感じました。そんな銅板を使って作る鎚起銅器を触らせてもらいました。もちろん、制作する際に見本となるサンプル品です。
 
銅にふれるとわかる柔らかさ。指の力をほんのすこし加えるとグニャと曲がり、ここからどうやって固くするのだろうと思っていると……。玉川堂で長年働く職人さんから、直接手法を教えてもらいました。
 
「銅板はさまざまな金で叩くと固くなって、火炉に入れて熱を加えると柔らかくなります。その性質を生かして、叩いたり焼いたりを繰り返して形にします」
金鎚を叩くスピードと正確性、火炉で熱して銅が赤くなる適温を見定める目。私たちの目の前で繰り広げられる一つひとつが職人の技といえます。職人が実演してくれた「打ち起こし」を基本にして作るのが「銅の小皿作り」です。
 
体験会場は工場近くの「玉川堂セミナーハウス」。もともと、玉川堂の社員寮として使っていた建物を取り壊し、その跡地に建設されました。玉川堂セミナーハウスに移って、いざ銅の小皿作りに取り掛かります。銅の小皿作りでは玉川堂で務める職人の田中さんが特別講師としてレクチャーしてくれました。
「つくる」の体験アクティビティの醍醐味といえば、自身で作ったものを持ち帰ることができること。銅の小皿作りも同じく、制作したお皿は自宅で使えます。金槌を使って好きな模様を入れたり、硫黄の溶液をつけて銅の化学反応で着色させたりとオリジナリティあふれる制作が可能とのこと。
 
そう聞いて、私たちが持つ金鎚にも自然と力が入ります。
田中さんが叩く音を聞きながら、金と木槌を使い分けて銅板に模様を刻みます。しかしイメージする深さまで入らない場面も。
 
「金の持ち手を変えてみましょう。そして角度をつけながら、叩いてみてください」と、田中さんのアドバイスにも熱が入ります。
 
銅板に模様を刻めたら、続いて木槌を使って皿状になるように整形します。金や木だけでも数種類使い分けながら小皿らしい形を目指しましたが……、力加減がとにかく難しい。力を入れすぎると角度が付きすぎるし、ちょうどいい塩梅は叩いて覚えていくしかありません。
小皿の形に見えてきたら、硫黄の溶液に銅をつけて着色していきます。1秒ごとに化学反応によって黒くなるため、その黒加減も好きに選べました。
 
黒く染まった小皿を磨いて、最終工程としてイボタ蝋(ろう)という天然の蝋を塗って完成です。こうして作った小皿は、玉川堂専用のギフトボックスに入れてもらって参加者一人ひとりに渡されました。受け取った瞬間、一緒に参加した方が「可愛くできた」「早速、自宅で使います」と口々に語る姿が印象的でした。苦労した分だけ、愛着を持てるものです。

終わりに

体験アクティビティを案内する山田さんの姿をみていると、工場で働くひとも案内されるひとも共に笑い、苦労し喜び合う。そんな瞬間を共有しているように感じました。地域に馴染み、お互いの感情を共有できる旅。これから「つくる」が提供する旅が地域にとってどのような存在になっていくのか楽しみです。

※今後、開催されるツアーの予定は公式HPをご確認ください。
株式会社つくる

株式会社つくる

住所:〒959-1244 新潟県燕市中央通2丁目2番21号
お問い合わせ:info@tsubamesanjo.net

この記事を書いた人
水澤 陽介(みずさわ ようすけ)

新潟県生まれ、東京、沖縄を経て地元新潟にUターン。2021年2月、三条市の中央商店街に本屋「SANJO PUBLISHING」を立ち上げ、“まちを編集する本屋さん”をモットーにまちの魅力を集め、届けています。 まちを編集する本屋「SANJO PUBLISHING」(https://note.com/ncl_sanjo