あの佐渡金山へ再び!世界遺産になる前に見てほしいところを深掘り紹介/佐渡市


2022年04月28日 1170ビュー
「佐渡金山は小学校の修学旅行でいった」「ツアーで行ったことがある」など新潟県内の方なら一度は訪れたことであろう佐渡金山。

特に宗太夫坑コース(人形が動いているところ)は鉄板コースで、佐渡金山に訪れた人は必ずと言っていいほど行ったことがあるのではないでしょうか。しかし、こういったところに団体で行ってもゆっくり見ることはなく、ところてんのように入り口から出口までスルスルっと見て、おおよそこんな感じだったという薄い印象しかなく佐渡金山を後にする人がほとんどです。

世界遺産登録も期待されている佐渡金山は、登録されたらたくさんの人が訪れるようになるでしょうから、話題にもなるかと思われます。新潟県の方ならぜひ知ってほしい情報として、

「佐渡金山へ行ったならここを見てほしい!」

という熱い想いを込めて、佐渡PRフォトグラファーの私がご案内いたします。

今回は宗太夫坑コースをマニアックな目線でご紹介する記事となっております。
佐渡金山に駐車場すぐ脇にはトイレがあります。坑道内にはトイレがありませんので、済ませておきましょう。

そして、坑道内は夏でも冬でも気温がおおよそ10度ですので、夏でもひんやりしますので、じっくり見る際には冷えますので、羽織るものがあった方が良いと思います。そして万が一汚れるといけませんので、綺麗なお召し物は着用されないことをおすすめします。
チケットを購入すべく歩いていくと、このような看板があります。佐渡金山周辺の相川地区の案内看板なのですが、一見サーフボードのように見えますが、2016年にグッドデザイン賞を受賞した公共サインです。
金を精錬する際に、灰吹法で使用する鉛プレートの形をモチーフにしたと聞いたような気がしますが、佐渡奉行所にあるので確認してみてください。
ちなみに、デザインされた方は新潟県南魚沼出身の南雲勝志さん(ナグモデザイン事務所)です。
Aが宗太夫坑コースと道遊坑コースのどちらも行ける共通券(所要時間70分)、Bが宗太夫坑コースのみ(所要時間30分)、Cが道遊坑コースのみ(所要時間40分)、となっています。まずはチケットを購入するわけですが、今回の記事では宗太夫坑コースをガッツリとご紹介するわけですが、写真映えするスポットが多いのは道遊坑コースだと思います。
料金については団体や子供で違ったりするので、詳しくはこちらのサイトをご覧ください。
通行手形を受け取り、いよいよ坑道の中へと入ります。
少し行くと、階段が微妙な歩幅になっているのに気づきます。無理して大股で降りれば行けなくは無いのですが、一歩半の微妙なステップとなっています。これは、勢いよく階段を降りないように微妙な歩幅になるよう調整してあるのだとか。
雨の日や雪の日は滑りやすくなりますので、注意して降りましょう。
奥へと進むと案内看板が立ち並びます。この金銀銅の産出量を見てみましょう。
金の産出量72.7トンとありますが、これは昭和までの産出量で、実際は平成元年まで採掘されていましたので、82.9トン採掘されています。(たぶん世界遺産登録されるまでには看板も刷新されるとは思いますけども)

82.9トンというとどれくらいの大きさなのかというと、おおよそ押入れ一個分、軽のバン一台分の大きさです。意外に小さいというか、それだけなの?と思われますが、1トンの鉱石から採掘される金は100グラム程度ですので、それだけ希少な金属であることが伺えます。
ちなみに銀は2300トンほど採掘され、金よりも銀の方が沢山採れていました。
さて、最初の人形が動いているところに差し掛かります。ここは水上輪(アルキメデスポンプ)で水を汲み上げる作業に目が行きがちですが、よーく見ると断層が見えます。これを杉右衛門断層といって、この断層の影響によって鉱脈がいくつも出来ているのだとか。よく見ればこの断層に沿って水上輪が連なっていますので、これを頼りに掘っていったのでしょうね。

この断層は宗太夫坑へ行ったらぜひご覧ください。

この断層が金山を作ったといっても過言ではありませんので。
ペンライトを持っていくと、断層がよく見えますのでおすすめです。
通路を挟んだ反対側にも断層が見えます。この水上輪ですが、水が入るとかなり重たいのですが、これをひたすら人力で回し続けるというのは、相当重労働だったと思います。重労働故に人手不足が生じ、幕府は江戸から無宿人を島送りにして水替人足として雇いました。
罪人が強制労働させられていたイメージがある人もいるかと思いますが、あれは時代劇の演出でそのようなイメージで伝わってしまったのと、当時バスガイドさんたちがストーリー的にそのようなニュアンスでお話したのが、間違って伝わってしまったことから、「罪人が島流しにされ佐渡金山で強制労働させられていた」と流布され、新潟県の小学校の修学旅行で訪れたことのある方は、大抵このイメージが伝わっているのではないでしょうか。

もし、まだそのようなことを言っている人を見かけたら、恥ずかしいのでやさしく訂正してあげてください。
次に進みますと、木材をナタのようなもので、切っている人がいます。そしてこの方の頭の上に河童の皿のようなものが乗っていますが、これは「てへん」というヘルメットの代わりのようなものでして、なんと紙製です。しかも偉い人しかつけていないそうです。この人は奉行所直雇の山留大工の技術者なので、てへんをしているのでしょうね。
その奥には鳥居型に組まれた山留普請が見えます。楢や栗などの硬い木で組まれるのですが、湿気も多い坑道内では木材の痛みも早く、使用量が凄まじかったことから山形の庄内らへんから船で運んで来ていたそうです。
ちなみに、今でも坑道内の山留普請はゴールデン佐渡の職員さんの手により、定期的に組み直しされています。
次のところは声が出る人形が2箇所あり、佐渡金山では一番人気の?スポットとなっていますが、まずはこちらの「風送り穿子」のところを見ていきましょう。当時の坑道は広くなく、明かりも燭台だけですので換気が必要になります。また、坑道の奥に行けば酸素不足で死んでしまうかもしれません。この風送り穿子が回しているのは空気を送る装置です。
燭台に使う油は菜種油を使っていましたが、高価になってくると安い魚の脂を使用していたそうですが、煤や臭いがひどく、健康を害することから、また普通の油に戻したのだとか。
いよいよこちら、佐渡金山といえばこれ!ってぐらい名台詞を吐くおじさんがいるところです。
「早く外に出て酒を飲みてぇ。馴染の女にも会いてぇなぁ。」
金穿大工の休憩所のようですが、給与は良く、待遇も良い技術者の方だったようです。相川には遊郭もあり、きっと馴染みの遊女と逢うのが愉しみだったのかもしれません。採掘は4時間毎の交代制で、食事も休憩時間もあり、水替人足よりも高待遇だったようです。しかし、採掘現場の環境は換気も悪く、微粉を吸い込むので、肺をやられて短命な方が多かったそうです。
こちらは以前喋らなかったのですが、セリフのついた人形です。首の動き方も変わったので、ご注目ください。
水替人足で連れてこられた無宿人のようです。一番最初のところでは水上輪を回していましたが、こちらは手繰りで桶で水を垂直方向に汲み上げる作業。これを休まず続けるのは、本当に大変な作業だったと思います。
「俺は品川無宿だ。大した悪事はしてねぇが、こんなところまで来ちまった。」
幕府に連れてこられた挙げ句、帰りたくても逃げたくても離島だから船に乗らないと帰れない。そう思うのも無理もないでしょうね。江戸だけでなく、大阪や長崎からも連れてこられ、人口が多いところには無宿人の方がたくさんいらっしゃったのでしょうね。記録によると、1778年から1861年までの83年間で1876人の無宿人が佐渡へ渡ったそうです。
さて、階段を上がっていくと、ところどころ凹んでいるところがあります。
これは鉱山内から出る水が酸性で、水滴が少しづつコンクリートの階段を溶かしているものだと思われます。

実は佐渡金山は閉山されていないというのは、皆さんご存知でしたでしょうか?
鉱山から出る酸性の鉱山排水をph調整して、佐渡の海に流さなくてはいけないため、閉山出来ず休山扱いとなっているのです。
この写真に写っている丸太に段を掘ってあるのが階段です。おそらくこのように広くはなっていないであろう場所に、掘り進んでいく金穿大工の方のそばには、たくさんの鑚(たがね)が置いてあります。佐渡金山の岩盤はとても硬く、鑚は2日で1本消費し、1日に掘り進められるのは10cm程だったそうです。
鑚は上田箸という信州上田銀山で使われていたはさみで持ち、槌で打つスタイル。短くなったものは坑外へ持っていって、溶かして再生したようです。

それと、注目していただきたいのが腰紐!
藁縄の腰紐ですが、これは万が一落盤などで閉じ込められた際に、これを齧って栄養素としたそうです。粗タンパク質やビタミンが摂取出来るので、一石二鳥な帯だったのですね。
こちらは測量をしているところです。役人や山師などが坑道がどれくらい掘られているか、方向は間違っていないかなどをチェックすることを間切(けんぎり)と言います。全員「てへん」をしているので、お偉方ばかりで測量しているのでしょうね。
この当時の測量技術って結構精度がよく、排水用の坑道を6箇所から掘り進めて、貫通点の誤差が50~60cm程度だったそうです。
この坑道内の人形も過酷な労働で、どうやら手首が折れちゃっているようでした。
坑道内は湿気も多く、着ている服、荒縄、駆動部分の錆、苔が生えるなど、いろいろとメンテナンスが大変です。湿気が多いので、坑道内にWiFi環境を整えることが難しく、万が一の時には非常電話が各所にあるので安心です。
ここは上にも人形があるので、要チェックです。
匍匐前進で掘り進む人形が上にいまして、こちらの顔がいつも苔や水垢などがついて、恐怖心を煽ってくるのですが私は平気です。
それよりも濡れた苔がライトに照らされ、キラキラしているのが綺麗なので、こちらもぜひ見ていただきたいところ。こうしたマクロ的な観点で金山を見ると、意外な発見があるかもしれません。
マクロ視点で見ると、坑道内の山留普請に小さな白いキノコが生えているではありませんか。
何というキノコでしょうね。シロホウライタケとかでしょうか? こうした菌類(粘菌やカビなども)を観察するのも、佐渡金山を楽しむ一つとなりうるかもしれません。

ただ、こういう菌類は木材を分解するので、そういう意味ではあまりたくさん生えていると、その山留普請の木材は腐って崩れてしまうので危ないですよね。
いよいよ坑道内のラストを飾る「やわらぎ神事の間」にやってまいりました。
こちらは佐渡金山の坑道がやわらかくなりますように、山の神様の心がやわらかくなりますようにという意味を込めた「やわらぎ」という独特な神事の催しです。別名「蓬來(ほうらい)」とも呼ばれていたようです。(なぜか先程のキノコの名前が頭をよぎります。)

立合(たてあい)という石英と銀黒が縞模様になった鉱脈が見つかると、間歩開きとしてこの神事を執り行ったそうです。一番真ん中の親方様の前掛けに描かれている模様に注目してみましょう。こちらはムカデが描かれているのですが、ムカデは立合の模様ににていることと、不退転を意味すること(前にしか進まない)から、鉱山師のあいだでムカデ信仰が流行ったのだとか。

このやわらぎ神事の最後に、「佐渡金銀山ぃやさか~、ぃやさか~」と叫びますが、これは「弥栄~、弥栄~」と書きます。弥栄の意味はますます栄えること。万歳!と叫ぶのと同意だそうです。
 
さてようやく出口へとやってきました。目の前にある暖簾に配されている家紋は、ご存知徳川家の葵の御紋。佐渡金山には3つの家紋がありまして、まずはこの葵の御紋、次に天皇家の菊の御紋、次に三菱の御紋があります。どこかにあると思いますので、探してみてください。時代の移り変わりが家紋で感じられると思います。
ちなみに三菱の家紋は土佐の山内家の三つ柏の家紋から由来するといわれています。
資料館の入口には金鉱脈の金の粒がルーペで見えるようになっています。この白い部分は石英で、黒い部分が銀黒と呼ばれる金の混じった部分となります。これぐらいの金の含有量があると、良いのですが、すべての金鉱石がこのように金が混ざっているわけではなく、比較的見やすいものを展示しているというのをご承知おきください。
 
こちらを皆さんご存知でしょうか?
QR Translatorという各言語で資料館の中を説明してくれるサイトで、英語、簡体語、繁体語、韓国語それぞれで説明書きが表示されます。
日本語でも表示されるので、ぜひアクセスしてみてください。

資料館の入り口すぐのところに貼ってあります。
資料館の中はフリーWiFiが繋がります。坑道内ではほぼスマートフォンの通信が遮断されますので、佐渡金山へ行って情報発信する際には、坑道から出てから繋いでください。また、電話もネットも通じませんので、もし電話に出たくない理由として「いやぁ佐渡金山の坑道内にいたから電話通じなかったよ!」などと使ってもらっても構いません。責任は取れませんけども。
資料館の壁面には金を採掘するところから、砕いて、金を精錬し、小判へと加工するまでの工程をジオラマ模型にて展示してあります。この人形ひとつひとつ見ていくと、いろいろと面白いのですが、例えば亀に紐をつけて散歩する少年、黒毛和種しかいないであろう時代に、何故かホルスタイン種のような模様の牛がいたり(江戸時代末期頃に入ってきたはず)など、ぜひじっくりご覧いただけたらと思います。
水上輪の中の螺旋がどのようになっているかわかるように、外側の板をはずしたものが床に置いてあるのもお見逃しなく。
 
この水上輪の数をご覧ください。金山に働く人たちだけで、佐渡の人口の大多数を占めていたのも頷けます。これだけの大規模開発をして、奉行所もあり、小判を作る製錬所もあり、道具を作る製鉄所もあり、その他開発に係わる関連施設は多岐にわたるでしょうけど、その人達を食べさせる食料供給の農地であったり、漁業であったり、そこに暮らす人々の娯楽や文化なども今の佐渡に受け継がれて現存しているものも数多くあります。
この佐渡金山開発に多大な貢献をした方が、大久保長安であり、佐渡に来る前はあの世界遺産にもなった石見銀山の開発に携わった人でした。その影響で、相川には石見名字の方も多いのだそうです。
佐渡金山に来たら必ずトライしてもらいたいのが、このインゴットGET‼チャレンジ‼ですが、レプリカでしょ?という方もいらっしゃいますが、ホンモノの金塊です。
重さは約12.5kgありまして、現在の金相場1グラム8,628円ですから、107,850,000円です。つまり約1億円です。
人生で1億円を触ることってあまり無いと思います。ぜひ、この機会に触ってご利益があればと思います。

ちなみに、私の得技として「佐渡金山の金塊を穴から取り出す」というものがありまして、、、
この金塊を取り出すには、ルールがあります。
「30秒以内に道具は使わず素手で完全に取り出すこと。」

取り出し方には3パターンあります。

【パターンその1】腕の細い方向き
金の延べ棒を腕に乗せてそのまま引き抜く方法。小学生の女子がこの方法で取り出したそうです。

【パターンその2】グーの状態で穴の入り口を出入り出来る人向き
金の延べ棒の三菱のマークを下の状態にして、延べ棒の先をつかむようにして取り出します。ある程度握力が必要ですが、コツが掴めればスルッと取り出せます。

【パターンその3】テコと指の握力だけで取り出す
穴の壁面に三菱のマークの反対側を立てかけ、三菱のマークの側を指にかけてテコの原理で引き抜く方法。穴のところに金塊をゴリゴリしちゃうので、摩擦にめげずに引き抜く握力が必要です。水平近くまで持ち上げたら、一気に引き抜くのがコツです。

残念ながら取り出せなかったとしても、手のひらをよーく見てください。金塊の削れた微粉がキラッと光っていませんか?手についた微粉については、置いて帰れとは今まで言われたことはありませんので、ご自由にしていただいて大丈夫です。
※YouTubeの動画ではチャレンジ料を払っていますが、現在では必要ありません。

また、チャレンジする前と後にはアルコール消毒をおすすめします。ただ、アルコールをつけると滑りやすくなりますので、少し乾かすかアルコール分を拭き取ることをおすすめします。
そして、見事金塊を取り出したら、持ち帰ることは出来ません。監視カメラで見ていたゴールデン佐渡の職員が飛んできますので、取り出した記念撮影を済ませたら、職員の指示に従って金塊を戻してください。
取り出した記念のナンバー入りのカードがもらえます。
こちらは金の延べ棒のアップです。
この三菱のマークが上になっていると掴みやすいのですが、反対になっていると掴みにくいです。金の延べ棒は台形になっていて、広くなっている部分が三菱のマークついた方となっています。三菱の下の方に書いてある数字はナンバリングと、99.9度の純度の金であることを刻印してあります。
なんということでしょう!インゴットが取り出されているではありませんか!
という感じの画で撮影してみました。ここまで来れば誰でも取り出せるでしょうけど、よく見ると床や下のフレームなどに凹みや傷がたくさんあります。きっと取り出したはいいけど、あまりの重さに金塊を落としてしまったのでしょうね。

私が佐渡金山の坑道内をガイドした際には、この1億円する金塊を両手で持たせてあげて、記念撮影をするのですが、奥様方は重たくて持てないという方もいらっしゃいます。2歳児ぐらいの平均体重と同じぐらいとはいえ、凝縮されて小さな塊の金の延べ棒とは重さの感じ方が違います。
金塊を取り出した後も、重いので十分注意して扱ってください。足の上に落としたら骨折はまぬがれないでしょうから。
資料館の階段を降りると、そこには売店があります。
観光地のパターンですよね。佐渡金山の売店で、私のイチオシなのがこの商品!
なんと、あの「おぬしも悪よのぅ。いえいえ、お代官様ほどでは・・・。」と越後屋ゴッコが出来るお菓子が売っていまして、もなかの下には、小判が配されております。
何故イチオシなのかというと、佐渡土産とかって裏を見るとよその地域で作られたものが多数ありまして、それはそれで良い商品もあるのですが、せっかくなら佐渡で作ったものが売れるといいなぁと思っています。こちらのもなかは、「しまや」という佐渡のお菓子屋さんで作られたものです。小判型のチョコは埼玉だったかな。
なので、イチオシ商品です。
もしご予算があるのであれば、チョコを取って、福沢諭吉の束を配しても良いかもしれません。新札なら2束ぐらい収まるのではないでしょうか。きっと受け取った方も喜ばれるはずです。
あともう一つ、尾畑酒造さんの佐渡金山貯蔵古酒。
7年間坑道の中で熟成させた純米酒。年間通して気温が10度と安定しており、ゆっくりと熟成した純米酒。少し燗をしても、冷酒でいただいても美味しいです。濃醇な旨味のあるこのお酒は、炙った赤身魚やお肉とも相性が良さそうです。もちろん尾畑酒造さんに行ってもご購入いただけますが、これを佐渡金山の売店で購入したということに意味があると思いませんか。
売店を出ますと、綺麗に手入れされた日本庭園があります。
よく見ると池のところに看板が設置され、土肥金山から来た金の鯉が泳いでいるとのこと。伊豆の土肥金山は佐渡金山に継ぐ金の産出量で、江戸時代には佐渡奉行であった、大久保長安が土肥金山の開発も任されていたようです。ここにはギネスに載っている超大型の金塊があるようですので、ぜひ見に行ってみたいですね。

この池の周りに配された、円形の石は石臼です。鉱石を砕いてすり潰すために使われたものです。
池の側には飲食用の売店があり、ここでは金箔ソフトを注文。
他にも金箔コーヒーなどもあり、お庭を見ながら食べるも良し、駐車場までの道中や車中で食べるも良し。ただ、風のある日には金箔が飛んでしまいますので、ご注意ください。
夏の猛暑の時は溶けるのが早いので、そちらもご注意ください。
せっかくなので、売店を出て駐車場の上の方まで行ってみましょう。
そこから見える小さな穴を探してみてください。あちこち空いていると思いますが、こちらは金山の坑道の中の通気孔だそうです。
アリの巣のように掘られた坑道の総延長は、400kmを超えるそうで、東京まで通じてしまうほどの距離なんですよね。
いかがでしたでしょうか?
佐渡金山に直接行って確かめてみたいところなどありましたでしょうか?

私は佐渡に住んでいて、佐渡金山にご案内する機会がたくさんあるのですが、それでもまだまだ知らないところもいっぱいですし、まだまだお伝えしたいことも山ほどあります。今回は宗太夫坑コースについて少しだけ詳しく解説してみましたが、道遊坑コースや山師ツアー、MRゴーグルをつけて歩くアイランドミラージュなどのコンテンツもあります。
また、佐渡金山近くには魅力的な観光スポットも多くありますので、そちらもこちらのブログでご紹介出来ればと思います。

長々と記事を書いてしまいましたが、この記事を読んで改めて佐渡金山へ行ってみたい!実際記事に書いてあるところを見てみたい!などと思っていただけたら、記事を書くために割いた時間が報われるような気がします。

史跡 佐渡金山

住所 新潟県新潟県佐渡市下相川1305
電話 0259-74-2389
交通アクセス 両津港から車で約50分
駐車場 乗用車500台、大型バス23台
営業時間 8:00~17:30(4月~10月)、8:30~17:00(11月~3月)、年中無休
予約不要(一部ガイド付コースは要予約)
http://www.sado-kinzan.com

この記事を書いた人
伊藤ヨシユキ

佐渡島で旅館の六代目番頭をしつつ、トレッキングガイドや観光ガイド、佐渡島内の絶景スポットを紹介するフォトグラファーもしています。

▼伊藤屋番頭が発信する佐渡情報のブログ▼
https://itouyaryokan.com/blog/