冬の西福寺で石川雲蝶を独り占め。なんと贅沢な/魚沼市
2023年02月04日
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豪雪地帯の魚沼地域です。家や道は、あっという間に雪で埋まり、消雪パイプと除雪車に加え、人力で除雪して、ようやく日常生活を送っています。
豪雪は、観光する場所にも影響します。お寺などは、観光できないわけではないのですが、観光に適した時期とは言い難く、私自身は「寒い場所へ寒い時期にわざわざ行かなくてもいいんじゃないか」と考えていました。
でも、ふと「わざわざ、寒い時期に行くからこそ、いつもとは違った魅力を感じるのではないか?」と思いつきました。しいんと静まった空間が神聖さを際立たせるのでないかと期待して、冬に西福寺でお参りしてみることにしました。
赤城山西福寺(せきじょうさん さいふくじ)は、室町時代の後期に開かれた曹洞宗のお寺です。本堂の続きにある開山堂には、石川雲蝶による彫物がびっしりとあります。
豪雪は、観光する場所にも影響します。お寺などは、観光できないわけではないのですが、観光に適した時期とは言い難く、私自身は「寒い場所へ寒い時期にわざわざ行かなくてもいいんじゃないか」と考えていました。
でも、ふと「わざわざ、寒い時期に行くからこそ、いつもとは違った魅力を感じるのではないか?」と思いつきました。しいんと静まった空間が神聖さを際立たせるのでないかと期待して、冬に西福寺でお参りしてみることにしました。
赤城山西福寺(せきじょうさん さいふくじ)は、室町時代の後期に開かれた曹洞宗のお寺です。本堂の続きにある開山堂には、石川雲蝶による彫物がびっしりとあります。
ガイドは、雲蝶の研究家であり南魚沼雲蝶会の会長でもある、中島すい子さんにお願いしました。
中島すい子観光ガイド事務所
ガイドのご依頼・お問合せは、電話090-1550-8287まで。
冬にお寺へ行ってみる。寒さ対策を。
いつもガイドのときには塩沢紬の制服を着られる中島さんですが、今回は防寒の服装でお願いしました。私はフリースやセーターを重ね着した上、ダウンコートを着込み、ちょっと着ぶくれ状態。寒さを恐れ過ぎたかもしれません。1枚減らして、カイロを貼ればよかったかもしれないと思いました。
持参したものは、まず手袋。指先が無いタイプです。そして、厚手の靴下。靴を脱いでから重ね履きしました。スリッパがあるかしら…と心配したのですが、ありました!
持参したものは、まず手袋。指先が無いタイプです。そして、厚手の靴下。靴を脱いでから重ね履きしました。スリッパがあるかしら…と心配したのですが、ありました!
足の冷たさって、じわじわと辛くなってくるんですよねえ。廊下はスリッパでOKですし、他は畳なので、それほど冷たくありません。私は冷え性なので、厚手の靴下、履いて正解だと実感しました。
暖をとれる部屋が!
本堂の廊下があり、受付から進んですぐの場所に、雲蝶が描いた襖絵などがあります。戸が閉まってたので、開けて入ってみると暖房が効いています。
室内へ入ると「うわっ、あったか~い」。思わず声が上がります。
「いや、まずご本尊にお参りして、開山堂も観ますから、寒い所で身体が冷えてから、こちらへ戻って温まりましょう!」と提案し、いったん室外へ。
「いや、まずご本尊にお参りして、開山堂も観ますから、寒い所で身体が冷えてから、こちらへ戻って温まりましょう!」と提案し、いったん室外へ。
まずは、ご本尊にお参り。
西福寺のご本尊は阿弥陀如来三尊。本来、曹洞宗では釈迦如来をご本尊としてお祀りするものの、西福寺は初め、天台宗であったようで、阿弥陀如来をそのまま受け継いで曹洞宗に改宗したとのことです。
本堂は、江戸時代中期に再建されたとのこと。格天井には、幕末の頃に頂いたという菊の御紋があり、天蓋(天井から吊り下げられる荘厳具)も煌びやかで、「すごいお寺ですねえ…」と手を合わせました。
大間の入り口には「赤城山」と山号が印された額。金色の文字で、こちらも煌びやか。
本堂の廊下を奥へ進むと、いよいよ開山堂。
開山堂というのは西福寺だけでなく、多くの寺社にもあるので、地元の人たちは、ここを「大浦の開山堂」と呼ぶそうです。「新潟県重要文化財 越後日光開山堂」の看板の下をくぐって向こう側が開山堂です。
開山堂の彫り物は、全て石川雲蝶によるものです。
石川雲蝶、1814年(文化11年)に江戸雑司ヶ谷で生まれた彫物師。三条に来て、すでに本成寺などの彫刻を施し活躍していたところ、開山堂を建てた当時の住職、蟠谷大龍(ばんおくだいりゅう)和尚が、招き入れたそうです。その時、雲蝶39才。
石川雲蝶、1814年(文化11年)に江戸雑司ヶ谷で生まれた彫物師。三条に来て、すでに本成寺などの彫刻を施し活躍していたところ、開山堂を建てた当時の住職、蟠谷大龍(ばんおくだいりゅう)和尚が、招き入れたそうです。その時、雲蝶39才。
中島さん「これだけ素晴らしい彫り物が、これでもかというほど施してある開山堂というのは、他に無いでしょうね。元々は位牌堂ですから、お位牌を慰めるよう、楽しませるよう、彫り物が包み込んでいるように感じます。」
天井一面に、岩絵の具で鮮やかに彩色された、圧巻の彫刻。
中島さん「雲蝶にとっても、これほどの大作を手掛けたことは初めてで、彫り物師として大輪の華を咲かせた、といっても過言ではないでしょう。」
中島さん「雲蝶にとっても、これほどの大作を手掛けたことは初めてで、彫り物師として大輪の華を咲かせた、といっても過言ではないでしょう。」
開山堂とは・・・。
開山堂には、曹洞宗両祖師・道元禅師と瑩山禅師、開山(一世)・芳室祖春大和尚と歴代住職が祀られています。正面の厨子に安置される木像は、道元禅師と芳室祖春大和尚。
開山堂は入ると7段の階段があり、上がると、天井彫刻と同じ、三間四方(5.4メートル四方)の広さがあります。
中島さん「今日は他のお客さんがいないので、私たちで雲蝶を独り占め。なんと贅沢なんでしょう。」
観光のトップシーズン(紅葉の頃)には混雑して、ここに上がれず、下で待って順番で交代する時もあるそうです。
観光のトップシーズン(紅葉の頃)には混雑して、ここに上がれず、下で待って順番で交代する時もあるそうです。
期間限定で特別に撮影できます!
令和5年(2023年)4月28日まで、期間限定で寺内の撮影が特別に許可されています。
天井彫刻は寝転んで観たくなりますが、いくら空いていたとしても神聖な場所ですので、どうぞご配慮くださいますよう。
天井彫刻は寝転んで観たくなりますが、いくら空いていたとしても神聖な場所ですので、どうぞご配慮くださいますよう。
天井彫刻「道元禅師猛虎調伏」
「道元禅師が天童山への行脚の途中、山中で虎に襲われるまさにその時、手にした拄杖(しゅじょう。長い杖のこと。)を投げつけ座禅に入られた。すると拄杖がみるみると龍に姿を変え、禅師の御身を守った」という場面。
道元禅師(1200年~1253年)は、父は内大臣、久我通親公、母は摂政、藤原基房公の娘という高貴な身分の生まれ。
虎を追い払う龍の、この迫力といったら。
シバゴー「あれっ、龍の頭の上に、鳥の羽根みたいなの、ありませんか?」
中島さん「えっ、どこ?」
中島さん「えっ、どこ?」
シバゴー「白色で尖っていて、少し青色が入ってますよね?ふたつ、あります。」
中島さん「あれは龍の爪ですよ。頭の上の方は右手。ほら、左手を見ると、分かりやすいでしょう。龍の爪は、中国だと5本、韓国が4本、日本が3本なんですよ。」
シバゴー「へええ!面白いですね。」
シバゴー「へええ!面白いですね。」
尻尾を丸めて、龍に追い払われる虎。龍と虎、どちらの目にもギヤマン(ガラス)がはめ込んであります。
鷹がいます。木彫りとは信じられないような羽根。
滝をのぼる鯉が2匹。滝の彩色も美しいですね。鯉の左手には亀もいます。
イワツバメが2羽、松の木の間をぬって飛んでいます。
道元禅師の背後から猿が覗いています。か、かわいい…。
図右下の岩盤には「三條彫工 石川匠雲蝶 □東匠雲蝶之印」の刻銘と落款があります。
天井彫刻は、全体を見ると、縦に3分割できるような線が2本、見えます。
シバゴー「3枚の板で作ったのでしょうか?」
中島さん「こんなに大きな幅の木が、あるわけがなくて、よく見ると6枚の板を使っているんですね。うまく重ねて、はめ込みながら作ってあります。すさまじい技術力ですね。どう重ねたのか、解体してみないと分かりません。現代の宮大工が再現しようとしても、到底できないのではないかと思います。」
天井彫刻は、全体を見ると、縦に3分割できるような線が2本、見えます。
シバゴー「3枚の板で作ったのでしょうか?」
中島さん「こんなに大きな幅の木が、あるわけがなくて、よく見ると6枚の板を使っているんですね。うまく重ねて、はめ込みながら作ってあります。すさまじい技術力ですね。どう重ねたのか、解体してみないと分かりません。現代の宮大工が再現しようとしても、到底できないのではないかと思います。」
中島さん「完成した頃、つなぎ目は見えなかったと思うのですが、年月が経つと、木も痩せてきちゃうんでしょうね。」
シバゴー「どのくらいの時間で完成したのでしょう。」
中島さん「雲蝶が実際に彫刻を彫るのに費やした年月は5年か6年程度です。それも他と掛け持ちしていたので、実際には正味どのくらいの期間だったのか、本人でさえも分からないのでないでしょうか。」
シバゴー「彫ったのは、雲蝶一人で全部なんでしょうか。」
中島さん「雲蝶が指揮統制して、弟子や地元の職人を使って、仕上げたのだと思います。荒彫りをする人、岩絵の具を作る人、雑用する人…、たくさんの協力者がいて、分業しなければ、とても5年やそこらでは作り上げられないでしょう。」
中島さん「雲蝶が実際に彫刻を彫るのに費やした年月は5年か6年程度です。それも他と掛け持ちしていたので、実際には正味どのくらいの期間だったのか、本人でさえも分からないのでないでしょうか。」
シバゴー「彫ったのは、雲蝶一人で全部なんでしょうか。」
中島さん「雲蝶が指揮統制して、弟子や地元の職人を使って、仕上げたのだと思います。荒彫りをする人、岩絵の具を作る人、雑用する人…、たくさんの協力者がいて、分業しなければ、とても5年やそこらでは作り上げられないでしょう。」
中島さん「どの彫り物も、お寺が雲蝶にお金を支払ったのではありません。支払ったのは、檀家さんです。檀家さんが、お寺に寄進したのです。」
天井彫刻にも「施主 雷土村 上村利左エ門 松之助 宇忠太」とあり、本家と、その分家2軒で寄進したことが分かります。
上村家は雲蝶を12年間も居候させていた、資産家のお宅です。今は14代目の方が「りざえもん農場」を運営されていて、「匠雲蝶(たくみ うんちょう)」という商品名の魚沼コシヒカリを販売されています。ぜひご注文ください。
天井彫刻にも「施主 雷土村 上村利左エ門 松之助 宇忠太」とあり、本家と、その分家2軒で寄進したことが分かります。
上村家は雲蝶を12年間も居候させていた、資産家のお宅です。今は14代目の方が「りざえもん農場」を運営されていて、「匠雲蝶(たくみ うんちょう)」という商品名の魚沼コシヒカリを販売されています。ぜひご注文ください。
正面の欄間もすばらしい。
正面の欄間には三面に分けて彫刻があります。
真ん中のこちらは「道元禅師 一夜碧厳」。白山権現が一老翁となって現れ、写経の手助けをする場面。
中島さん「遠近法が用いられていて立体的。組み立ててあるものと錯覚してしまいそうですが、どれも一枚板から彫ってあります。」
中島さん「遠近法が用いられていて立体的。組み立ててあるものと錯覚してしまいそうですが、どれも一枚板から彫ってあります。」
左側が「道元禅師 道に病む」。突然の腹痛で苦しむ道元禅師の前に老人が現れ、一丸薬を与える場面。老人は稲荷明神で、白狐を従えています。
右側は「永平寺血脉池縁起」。 幽霊に道元禅師が血脉を授けて成仏させる場面です。
中島さん「この幽霊の、うらめしそうな表情。心の底から成仏したいという、すがるような目をしています。これを一本のノミから彫り出すわけですから、さすがですね。」
中島さん「この幽霊の、うらめしそうな表情。心の底から成仏したいという、すがるような目をしています。これを一本のノミから彫り出すわけですから、さすがですね。」
階段の両脇には、仁王尊像が二体。
階段を挟んで二体が安置してあります。仁王尊像は元々、開山堂内ではなく、山門にあったもので、完成当時、目にはギヤマンがはめ込まれていたそうです。右側が阿形の仁王尊。金剛杵(こんごうしょ)をくわえています。
左側は吽形の仁王尊。どちらも高さ2メートルあまり、ケヤキの一本彫りです。
シバゴー「目がギヤマンだったら、どんなに迫力あることでしょう。」
中島さん「昔、開山堂の階下は寺子屋だったので、子どもたちは境内で遊んでいたのだそうです。ギヤマンの目をおもちゃ代わりにして壊してしまったと言い伝えがあります。腕も壊れたのを直してあるんですよ。」
シバゴー「ひええ。今では考えられないですね。」
中島さん「当時は、大したことじゃなかったんでしょうね。」
シバゴー「目がギヤマンだったら、どんなに迫力あることでしょう。」
中島さん「昔、開山堂の階下は寺子屋だったので、子どもたちは境内で遊んでいたのだそうです。ギヤマンの目をおもちゃ代わりにして壊してしまったと言い伝えがあります。腕も壊れたのを直してあるんですよ。」
シバゴー「ひええ。今では考えられないですね。」
中島さん「当時は、大したことじゃなかったんでしょうね。」
神社彫刻について、思うこと。
中島さん「ここにある雲蝶の彫り物は、ただ単に飾り尽くした物ではありません。開山堂は、仏の道を私たちに教えてくれる仏堂なんです。」
神社彫刻というのは、芸術品とはちょっと違うと私は考えます。地域の人が、ずっと大切に信仰しているものですので、その思いが宿っている神聖な物だと思います。
とはいえ、雲蝶の場合はちょっと面白くて、「まあ、そんなことよりとにかく見てくれよ。すげえだろ?」と、自慢そうに語りかけてくるような気がするんです。なんだか気質が明るいんですよね。だから、雲蝶の彫刻を見ると、私は元気が出ます。励まされるような気がするのです。
雲蝶さん、ありがとう。
さあ、そろそろ身体も冷えてきたので、あの暖かな部屋へ移動しましょう。
神社彫刻というのは、芸術品とはちょっと違うと私は考えます。地域の人が、ずっと大切に信仰しているものですので、その思いが宿っている神聖な物だと思います。
とはいえ、雲蝶の場合はちょっと面白くて、「まあ、そんなことよりとにかく見てくれよ。すげえだろ?」と、自慢そうに語りかけてくるような気がするんです。なんだか気質が明るいんですよね。だから、雲蝶の彫刻を見ると、私は元気が出ます。励まされるような気がするのです。
雲蝶さん、ありがとう。
さあ、そろそろ身体も冷えてきたので、あの暖かな部屋へ移動しましょう。
足元には、雲蝶の「遊び心」が。
本堂の廊下を、よく見てみてください。「埋め木細工」が施されています。板の割れ目や節穴に木片を埋めて繕う物です。
右はアケビだそうですが、左はなんでしょう。玉ねぎ?コロンとしてかわいい形。
埋め木は、大きいものから小さいものまで合わせると、50カ所以上にもなるそうです。
中島さん「節を埋めるわけですから、普通ですと、板の目と似た木目で施すのですが、雲蝶の場合、そこに真逆の目立つ木目をもってくるんですね。」
埋め木は、大きいものから小さいものまで合わせると、50カ所以上にもなるそうです。
中島さん「節を埋めるわけですから、普通ですと、板の目と似た木目で施すのですが、雲蝶の場合、そこに真逆の目立つ木目をもってくるんですね。」
雲蝶は絵も描いたのです。
最初に入った暖かな部屋には、雲蝶が描いた襖絵があります。左手に孔雀の絵があり、右の部屋へ入る上には「雲蝶の間」の看板がかけられています。では先に、孔雀の絵から見てみましょう。
「孔雀遊戯の図」。岩絵の具で彩色されていて優美です。
立派な孔雀に目をひかれますが、この絵の主役は孔雀じゃないんだそうです。
中島さん「この絵の主役は、石の橋です。石橋(しゃっきょう)と言います。石橋の向こう側は、今の私たちがいる世界、手前側が極楽浄土の世界を表しています。長い人生の中で本当に善人である人だけが石橋を渡ってこられる、だけど未だかつて、渡ってこられた人はない。それぐらいにして長い人生の中で、目の前にある苦難苦境を乗り越え、一生懸命、精進しなさいよという教えが、この絵の中にあります。」
襖なので、裏にも絵があります。裏にまわって、見てみましょう。
襖なので、裏にも絵があります。裏にまわって、見てみましょう。
10畳ほどの部屋に入ります。
中島さん「お寺が大切なお客様をおもてなしするための客間です。」
中島さん「お寺が大切なお客様をおもてなしするための客間です。」
孔雀の絵の裏は「三顧の礼」。『三国志』の一場面です。
襖の上は欄間の彫刻ではなくて、絵なんですねえ。鳥の絵です。
「崖上猛虎図」
「松と鷹」
「春夏秋冬の花鳥」の夏、「牡丹に文鳥」
シバゴー「雲蝶の絵って、珍しいんですか?」
中島さん「彫り物に比べたら、絵は少ないですね。数えたことはないのですが、たぶん全体の2~3割だと思います。掛け軸のような小さいものになると個人所有であることが多く、そうなると滅多には観られませんし、ここは貴重ですね。」
シバゴー「雲蝶の絵って、珍しいんですか?」
中島さん「彫り物に比べたら、絵は少ないですね。数えたことはないのですが、たぶん全体の2~3割だと思います。掛け軸のような小さいものになると個人所有であることが多く、そうなると滅多には観られませんし、ここは貴重ですね。」
「雲蝶の間」の隣りの部屋にはテレビがあって、映像を観られます。もちろん部屋は暖かでした。
さて、お土産を買って帰りますか。
人気なのはやはりお守りと、お香だそうです。
病気平癒のお守り。天井彫刻の龍が刺繍してあります。
真冬に参拝してみて…
ものすごく寒い中を、白い息を吐きながら参拝したら、どんなかんじだろう?それもまた味わいがあるのでないか・・・と思ったのですが、取材に行った日は12月下旬なのに雨で、それほど寒くありませんでした。(開山堂の中で気温を測ったら5度でした。)
ちょっと目論見は外れましたが、真冬の拝観、意外とオススメだと思いました。やはり、なんといっても静かなことこの上なし。団体バスと一緒になることもなく、個人での来訪もまばらです。本当に「独り占め」…!なんと贅沢なことでしょう。
それから、拝観した後に、温泉に入ってじっくり温まったのが良かったです。心が温かくなった後に温泉とは、これまたなんと贅沢なことか。温泉につかりながら、「すばらしかったなあ」と余韻を味わいました。ちなみに私が入ったのは六日町温泉で、西福寺からは約20キロ、車で30分ほどです。
ちょっと目論見は外れましたが、真冬の拝観、意外とオススメだと思いました。やはり、なんといっても静かなことこの上なし。団体バスと一緒になることもなく、個人での来訪もまばらです。本当に「独り占め」…!なんと贅沢なことでしょう。
それから、拝観した後に、温泉に入ってじっくり温まったのが良かったです。心が温かくなった後に温泉とは、これまたなんと贅沢なことか。温泉につかりながら、「すばらしかったなあ」と余韻を味わいました。ちなみに私が入ったのは六日町温泉で、西福寺からは約20キロ、車で30分ほどです。
全国にはすばらしいお寺があり、すばらしい神社彫刻もたくさんありますが、雲蝶は、それらに引けを取らないと私は思います。その雲蝶さんが「見てよ見てよ」と言うのは、ほぼ新潟だけ(※)!ここは格別なので、多くの方にぜひ参拝していただけたらと思います。
※中島さんによると、群馬県にも少し雲蝶の作品があるそうです。
<参考>
・『相承 先人の伝えし教えと宝 今 後世に護りゆく』(寺内の売店にて2,000円で販売)
・『越後の名匠 石川雲蝶 足跡と作品を訪ねて』(著者:木原尚/発行:株式会社新潟日報事業社)
・『私の恋した雲蝶さま いま蘇る越後のミケランジェロ』(著者:中島すい子/発行:株式会社現代書館)
※中島さんによると、群馬県にも少し雲蝶の作品があるそうです。
<参考>
・『相承 先人の伝えし教えと宝 今 後世に護りゆく』(寺内の売店にて2,000円で販売)
・『越後の名匠 石川雲蝶 足跡と作品を訪ねて』(著者:木原尚/発行:株式会社新潟日報事業社)
・『私の恋した雲蝶さま いま蘇る越後のミケランジェロ』(著者:中島すい子/発行:株式会社現代書館)
曹洞宗 赤城山 西福寺
住所:〒946-0033 新潟県魚沼市大浦174番地
電話番号:025-792-3032
拝観時間:9:00〜16:00(最終受付15:40)/12月1日~3月3日の期間は10:00~15:00
お休み:無休
拝観料:大人500円/中学生・障がい者手帳提示300円/小学生以下(保護者同伴)無料
曹洞宗 赤城山 西福寺
この記事を書いた人
南魚沼市在住。趣味は写真撮影と読書で、本で調べた所へ行って写真を撮ることをライフワークとしています。神社彫刻が好きで、幕末の彫刻家・石川雲蝶と小林源太郎、「雲蝶のストーカー」を公言する中島すい子さんのファン。地域の郷土史研究家・細矢菊治さんや、地元を撮影した写真家・中俣正義さん、高橋藤雄さんのファンでもあります。