にいがた庭園街道 ~村上市・関川村エリア~
(にいがたていえんかいどうむらかみしせきかわむらえりあ)1
長楽寺
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創立は天文9(1540)年、開基は本庄越前守繁長(ほんじょう えちぜんのかみ しげなが)、開山は 耕雲寺11世 三心宗尹(さんしんそうい)禅師。
参道入口には九品仏の上品下生仏、境内には三十三番観音が祭られている。
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安善小路~黒塀通り~
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城下町の風情が漂う、黒塀が続く小路です。通りには寺院や有名割烹が立ち並び、歴史と趣が感じられます。
住民が中心となり、黒塀の風情がある景観へ再生しました。
例年10月の第2土・日曜日には「むらかみ 宵の竹灯籠まつり」の会場になり、揺らめく約2万本もの竹灯籠の明かりと各所で奏でられる音楽に酔いしれる人々でにぎわいます。
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普済寺
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普済寺は約500年の歴史を持つ古刹。手入れされた庭園には、滝が流れており、春にはカタクリ、桜、山野草などの自然をお楽しみいただけます。
春・秋には庭園イベントを開催しており、精進料理を頂いたり、お抹茶席が楽しめたり、ライトアップされた庭を眺めながらの会食だったりとさまざまな催しが楽しめる。
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光浄寺
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越後三十三観音霊場の第27番札所となっており、裏山に西国三十三観音霊場より砂を頂いて作った観音様が、33ヵ所あります。
お寺の裏手にある中庭は、裏山を借景に作られた庭園です。
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国指定重要文化財 渡邉邸 【豪商豪農の館】
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渡邉家の初代儀右エ門善高は、村上藩の郡奉行をしていたが、藩主国替えのとき、家督を譲り桂村に隠居、その後寛文7(1667)年に現在の場所に転居して以来の旧家です。
三千坪の広大な敷地に堀と塀をめぐらし、五百坪の母屋には、厳選された無節の柱や丸桁などが惜しみなく随所に使われています。往時には十二あったとされる蔵のうち、残っている六つの蔵もまた豪農を思わせる作りとなっています。
母屋の最も特徴的な造りの一つが、石置木羽葺屋根です。屋根には木羽二十万枚と石一万五千個が使われています。
この母屋と土蔵は、昭和二十九年に国の重要文化財に指定されました。
また、庭園は回遊式となっており、元禄末期から享保初期にかけて京都から遠州流の庭師を招いて構築されたもので、昭和三十八年に国の名勝に指定されています。
【上杉家と渡邉家】
渡邉家三代善久は、享保十一年(1726)財政難に苦しんでいた米沢藩に融資、その後幕末までに総額十万両以上を用立てた。その功により五代英良以降、同藩の勘定奉行格の待遇を受けた。その後、七代善映のときには、寛政十年(1798)に四百五十石の知行が与えられた。
また、七代善映は、上杉鷹山公から弓矢の玩具を拝領している。この弓矢は、幼き頃鷹山公が手遊びをしていたもので、天明6(1786)年、幼少の善映登城の折に拝領したもので、現在は歴史とみちの館に展示されている。
【平成の大改修】
現在渡辺邸は6年をかけて行われた大修理が終了しました。
生まれ変わった豪壮な姿をどうぞご覧ください。