「島を元気にしたい」と、粟島でただ一軒のカフェを営む。/粟島浦村


2024年05月03日 2768ビュー
粟島の雄大な自然と美味しい食べ物、のんびりとした時間の流れとやさしく温かな島の人々。そんな粟島の暮らしに惹かれて、移住。島で唯一のカフェを営みながら、PTA活動や消防団、神楽保存会などを通して積極的に島の暮らしに関わり、島を元気にする活動に尽力する世良健一さんにお話を伺いました。
世良 健一
1983年、東京都国分寺市生まれ。地元の高校を卒業後、都内の大学で建築を学ぶ。大学卒業後は5年半ほど不動産業界で働きながら、カフェ開業のための資金を貯める。退職後、地元・国分寺の「カフェスロー」で修行。2012年夏、粟島浦村で期間限定のカフェを開き、島の魅力に触れたことがきっかけとなり、2014年に地域おこし協力隊として移住。「カフェそそど粟島」をオープンさせる。妻とふたりの子どもたちとともに、もうじき11年目となる島での暮らしを満喫している。
―粟島港のすぐそばにある「カフェそそど」にお邪魔しています。静かでゆったりできる、すてきなお店ですね。

ありがとうございます。目の前に海が広がっていて、窓からフェリーの発着を見ることができます。時間を忘れて、のんびり過ごしていただけたら嬉しいですね。
ナチュラルで開放的な雰囲気の「カフェそそど」
店内には奥さまの描いたアクリル画や貝殻などがさりげなく飾られている
メニューは、粟島の新鮮で美味しい素材を活かしたものにこだわっています。獲れたての魚はもちろん、島の方からいただく野菜を使ったメニューを、お客さんの声を聞きながら季節ごとに変えて提供しています。
季節の魚を使った「魚のキーマカレー」や「魚カツ丼」などが人気メニューですね。島のじゃがいもを使ったコロッケも美味しいですよ。粟島には使われていない畑もたくさんあるので、そこを借りて仲間と一緒に野菜をつくっています。このコロッケには、自分たちで収穫したじゃがいもも使っています。
旬の魚のカツを卵とじにした人気メニューの「魚(うお)カツ丼」1,050円
粟島で収穫されたじゃがいもを使った「島じゃがコロッケ」1個150円
店は通年で営業しています。冬の期間は閉めている飲食店がほとんどなので、冬に島を訪れた方が食べたり飲んだりできる場所が必要だろうと。冬場は店の中に達磨ストーブを置いて、その上で海水を煮詰めて塩を作ったりしていますね。


―内装もご自身で手がけられたとか?

そうですね。粟島の風景に溶け込むように自然な雰囲気に仕上げたかったので、色合いや小物にもこだわっています。

ソファは「ストローベイルソファ」といって、圧縮した藁を積んで形を作り、その上に土を塗って乾かして、最後に珪藻土(※)を塗っています。新潟の大学生や島の人たちを呼んでワークショップを開き、みんなで塗ったり、貝殻を拾ってきて飾ったりしました。土を塗って乾かすのに2週間、珪藻土を塗って乾かすのにまた2週間という感じで、すごく時間はかかりましたが楽しかったですね。冬は暖かくて夏は涼しいので、住み心地も快適です。
 ※珪藻土とは、藻類の一種である珪藻の殻の化石が長年にわたって堆積してできた粘土状の泥土。
ストローベイルを使った手づくりのソファが目を引く
照明は、漁で使われていた「浮き」を利用して手づくりしました。昔はプラスチックではなく、こういうガラス玉の浮きを使っていて、割れないように保護網に入れて使っていたそうです。漁師さんからいらなくなったものをもらってきて、上の部分をくり抜いて、電球を入れて照明を作りました。机や椅子は、廃校になった学校で使われていたものなどを譲ってもらいました。
ガラスの浮き球を再利用した照明がおしゃれ
―お土産グッズもいろいろ置かれていますね。

Tシャツや缶バッジは、私がデザインしたものです。缶バッジはガチャガチャの機械でも販売していますが、人件費がかからないので助かりますね(笑)。

地域おこし協力隊の任期が終わった後、その土地に定住して事業を起こすといただける補助金制度があったので、それを利用して会社を起こしました。デザインを学んだことはありませんが、元々ものづくりが好きだったのと建築の勉強をしていたのでCADを使っていたことから、デザインも手がけてみようかなと挑戦しました。島でチラシや看板をデザインする仕事をいただいたりして、グッズ販売とともに貴重な収入源の一つになっています。
自らデザインした「AWASHIMA Tシャツ」はお土産にピッタリ 2,200円
缶バッジやキーホルダーなどのデザインでも島の魅力を発信
―店名の「そそど」というのは、どんな意味があるのでしょうか?

「そそど」というのは、島の方言で「ゆっくり」とか「のんびり」を表す言葉です。「ゆっくりやりなよ」というときに、こちらでは「そそどやれや~」と言います。「そそど」の対義語が「ちゃっちゃと」で、「早く」「急いで」という意味になりますね。

こちらへ移る前は、東京の国分寺にある「カフェスロー」という店で働いていましたが、そこでは「スローフード」をコンセプトにしていました。どこでも同じ品質で安く簡単につくれるファストフードに対して、地元の食材を使って手間をかけて作ったメニューを提供しようというのが「スローフード」の考え方です。

地元の生産者さんとのつながりを大切にして、顔の見える野菜を使うとか、からだにやさしい無農薬や自然栽培の野菜にこだわるなど、「そのときに、その土地でしか食べられないメニューを提供する」という店の姿勢にとても共感していました。自分自身もここ粟島で同じスタイルの店ができたらいいなと、島の言葉で「スロー」を意味する「そそど」という名前にしました。
粟島港から徒歩1分。日本海にのぞむ「カフェそそど」
何もないところが島の魅力。心を空っぽにできる
―改めて、世良さんのことを教えてください。どのような経緯で粟島へ?

出身は、東京都国分寺市です。地元の高校を卒業した後、都内の大学で建築を学びましたが、その頃から飲食業に興味があり、漠然と「いずれはカフェをやってみたいな」という想いを抱いていました。大学在学中にはいくつかの飲食店でバイトも経験しています。

大学卒業後は不動産関係の会社に就職し、5年半ほどマンション管理などの仕事をしながら、カフェの開業資金を貯めました。ある程度お金を貯めたところで退職し、地元の「カフェスロー」という店で修行をさせていただきました。
ふとした縁から粟島でカフェをオープンすることに
初めてこの島を訪れたのは2012年の夏です。粟島で夏の期間だけ試験的にカフェをやってみようという計画が持ち上がり、「カフェスロー」のオーナーが粟島浦村の当時の村長と知り合いだったことから声をかけていただきました。

夏の3週間という期間限定で、港の近くにある漁具倉庫を改装した建物でカフェを開くことになり、スタッフとして粟島を訪れたのが始まりですね。

それまでは粟島とはまったく縁もゆかりもなく、島の存在さえ知らなかったほどで、最初はタイムスリップでもしたような感覚でしたね。でも、3週間ほどこちらで過ごすうちに、「ああ、こんな場所で暮らしたら幸せだなあ」と思うようになりました。島の方たちが皆さんすごくやさしくて温かみがあって、人と人との距離が近いところも東京とはまるで違っていて、心地よかったですね。
雄大な自然の中で穏やかな時間が流れる (画像提供/粟島観光協会)
―それですぐに移住を決意されたのでしょうか?

独立して妻とふたりでカフェを開きたいと考えていたところだったのですが、東京で子育てをすることに少し抵抗があり、どこか地方で良い移住先はないかと探していたんですよ。といっても関東圏か、もしくはどこか南の方の暖かい地域がいいなあと思っていましたが。

そんなときにオーナーから、「粟島でカフェをやってみないか」と提案をいただきました。ひと夏の期間限定カフェが成功に終わったことで、その後、通年で営業できる店をつくり、店主となる人を探しているがなかなか見つからないということでした。

粟島なら野菜づくりもできそうだし、魚がめちゃめちゃ美味しかったし、何より島の人たちの温かさが大好きになっていたので、すぐに「やります!」と返事をしました。

妻は埼玉県の所沢市出身ですが、移住にはむしろ妻のほうが前向きでしたから、トントン拍子に話が進んだ感じですね。2014年4月に島へ来て、開店準備を経て、島びらきの日の5月2日にオープンしました。
海を眺めながら過ごす島の暮らし
―島での暮らしも、もうじき11年目に入ろうとしています。

あっという間ですね。こちらへ来るとき、「どんなに嫌なことがあっても3年は続けよう」と思っていました。なんでもそうですけど、3年は続けてみないと良い面も悪い面もちゃんと見えてこないと思ったからです。

でも、最初の2年間は地域おこし協力隊として赴任したこともあって、島の人たちから「いつまで島にいるのか?」と聞かれることが多くて戸惑いましたね。「協力隊の任期を終えたら帰っちゃうんでしょう?」とか。

移住してきても1~2年で島から去ってしまう人も多かったようなのですが、私はここで子育てをしたいと思って移住を決めたので、「この島で子どもを育てたいと考えている」という想いを伝えていました。実際に子どもが生まれて、島で子育てをするようになると、だんだん信じていただけるようになりましたね。
「道で会えば声をかけ合うような人とのつながりが温かいですね」
―長く暮らしてみて、粟島の魅力はどんなところにあると思いますか?

いちばん感動したのは、「子どもはみんな島の子」という考え方でしょうか。今、娘は8歳、息子は4歳になりましたが、島の方たちが「島で生まれた子どもは、みんなの子どもだよ」と、家族のようにごく自然に接してくれて、かわいがったり、一緒に遊んでくれたりするので嬉しく思っています。夏場やGWなどの繁忙期はもちろんですが、私や妻が消防団の活動やPTAの集まりなどがあるときも、「うちで預かるから行っておいで」と面倒をみてくれるので本当にありがたいですね。

島へ来たばかりの頃、近所のおばあちゃんが、何かを食べながら自転車に乗っている子どもに向かって本気で怒っているのを見たことがあります。「危ないじゃないか」と心配して注意してくれていたんですよね。最近は他人の子にはなかなか注意できない時代になってきたけれど、大事なことはしっかり子どもに伝えるという習慣がここにはまだ残っていて、いいなあと思いますね。
わずか周囲23kmの中、見渡す限りの大自然が広がる(画像提供/粟島観光協会)
おすそわけの文化があるのも嬉しいですね。「これ食べる?」と野菜や魚を日常的に届けてくれるので、お返しにこちらも何か作ってお返しをして。そんなご近所づきあいというか、島の方との交流には心が温まりますね。

また、島には消防署も警察署もなく住民の自営だけで治安を維持しているので、助け合いが必要です。普段からお互いを気にかけて、「最近あの人をあまり見かけないね」と心配したり、声を掛け合ったり、昔ながらのいい人付き合いができるところが魅力だなあと感じています。

よそのお宅を訪ねた時、ピンポンも押さずに「こんにちは~」と声をかけて、勝手に上がっていけるようにもなりました。最初は、「すみませ~ん」と声をかけても、「は~い」と返事が返ってくるだけで誰も玄関に出てこないことに戸惑っていたんですが、「入ってくるだろう」と奥で待っているんですよ。それがわかってからは、ガラッと戸を開けて、普通に上がっていって、コタツに入って話せるようになりました。

密な人付き合いが苦手な方もいると思いますが、僕は好きですし、合っていると思います。ずっとこの島で暮らしていきたいですね。
日本海に沈む美しい夕陽を眺めるのも至福の時間(画像提供/粟島観光協会)
―島の暮らしで困ったことは?

うーん、病院がないことくらいでしょうか。困ったというほどではないですが、子どもが急に熱を出したりすると心配でしたね。でも、島には看護師さんがいて看てくださいますし、緊急の場合はドクターヘリや仕立て船などでも対応いただけるので、今はあまり不安には感じていません。

それ以外ではあまりギャップを感じたことはないですね。逆に都会の暮らしとの違いを楽しめたというか、島の暮らしのほうが合っているなと感じました。

物流はしっかりしているので、買い物にも不自由はほとんどないですし、もともと遊びにお金をかけるタイプではないので、たとえばゲームセンターやパチンコなどの娯楽がなくてもぜんぜん困らないですね。


―お休みのときは、どんなふうに過ごされていますか?

子どもと一緒に貝殻を拾いに行ったりしますね。海岸を歩くと、貝殻やシーグラスが見つかります。子どもと散歩する時間がとても好きなんです。子どもが石ころを拾って見せてくれたりするんですが、そんな何気ない時間がすごく楽しい。

シーズンになるとバーベキューを週1回くらいの頻度でやっていますし、これからは山菜の時期になるので、家族で山へ行って、山菜を採って食べるのも楽しみですね。とにかく親子で一緒に過ごせる時間がたっぷりとれるので、幸せですね。理想としていた暮らしがここにあるなあ、と感じています。
子どもと拾ってきた貝殻は店のインテリアにも
また、カフェの営業以外にも、消防団にPTA、神楽の会などさまざまな団体に所属しているので、それぞれの活動も結構忙しいですね。ほかにも、盆踊りや運動会、演芸会なども催されますので、島の方々との交流は深くなりますね。演芸会は、島の人が島の人のために行うもので、コントや歌などの出し物があって盛り上がりますよ。


―粟島のおすすめスポットや楽しみ方を教えてください。

「粟島灯台」が楽しいですね。標高265mの小柴山にあって、少し急なコンクリートの石段が続いています。ここを30分ほど上がった先に灯台があるんですが、ゆっくりなら子どもの足でも登っていけますので、ハイキング感覚で春先に家族で訪れたりします。
馬と触れ合うことができる「あわしま牧場」もおすすめです。ここは観光の目玉でもあると同時に、馬の力を借りた学習の場にもなっている牧場で、島の子どもたちに混ざって、2013年にスタートした「粟島しおかぜ留学」制度で全国から訪れた留学生たちも馬の世話をしているんですよ。
日本海に面した牧場の風景は圧倒的
子どもたちや地域おこし協力隊が馬の世話をする
ほかには、やはり島の料理でしょうか。粟島の魚は鮮度も味も抜群なので、何を食べても本当に美味しいですね。
新鮮な魚を使った民宿や食堂の料理も美味
大漁旗がはためく漁港の風景(画像提供/粟島観光協会)
粟島には、大型の定置網を仕掛けて回遊する魚を誘い込み、2隻の船で絞っていって魚を捕まえる伝統的な「大謀網漁」という定置網漁があって、5月頃から最盛期を迎えますが、マダイやブリなどがたくさん水揚げされますよ。
豪快な粟島の伝統的な「大謀網漁」
マダイ、ブリ、イナダなどたくさんの魚が水揚げされる
杉をまげて作った「わっぱ」と呼ばれる器にメバルやカワハギなどの旬の磯魚と味噌を入れてお湯を注ぎ、真っ赤に焼いた石を落として煮立たせる豪快な粟島名物「わっぱ煮」も、ぜひ味わっていただきたいですね。
昔から漁師飯として食べられている粟島名物「わっぱ煮」(画像提供/粟島観光協会)
カフェそそど

カフェそそど

岩船郡粟島浦村日ノ見山1513-10
0254-55-2800
営業/11:30~15:30、18:00~22:00 ※季節によって変動します。
定休日/火曜、ほか不定休あり ※事前にお電話でご確認ください。

粟島観光協会

粟島観光協会

岩船郡粟島浦村字日ノ見山1491-8
0254-55-2146

粟島汽船株式会社

粟島汽船株式会社

岩船郡粟島浦村3
0254-55-2131

あわしま牧場

あわしま牧場

岩船郡粟島浦村釜谷656
080-8492-5869

この記事を書いた人
新発田地域振興局 魅力見つけ隊

地元には、地元しか知らない素敵な魅力がたくさん詰まっています。
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