詩人・相馬御風ゆかりの地をめぐる/糸魚川市


2022年11月21日 320ビュー
童謡「春よ来い」や早稲田大学の校歌「都の西北」などを作詞した、詩人・歌人の相馬御風は、2023年に生誕140年を迎えます。まだ少し早いですが、御風の足跡をたどるため、故郷・糸魚川市に残されたゆかりの地を訪ね歩いてみました。

相馬御風について知るならここ!

まずは糸魚川歴史民俗資料館へ。ここは通称「相馬御風記念館」と呼ばれており、館内には御風に関する資料がずらりと並んでいます。
明治16(1883)年7月10日、糸魚川市大町に生まれた御風は、今で言うマルチアーティストのはしりのような人でした。肩書きは詩人・歌人のほかに評論家、作詞家、随筆家、良寛研究家、郷土史研究家と実に幅広く活躍しました。
ちなみに御風は、糸魚川がヒスイの産地であるという発見に、ひと役買ったとも言われています。
館内には、御風が郷土史研究の一環として集めた民具などが「相馬御風民俗資料コレクション」として展示されています。
左側の木札は「会符」といって、江戸時代に武家や公家などが物資を輸送するときに、その荷物に付けた荷札のようなもの。このほかに遠眼鏡、蓑、携帯筆記具など所蔵は多岐にわたり、民芸品が好きな人にはたまらない展示となっています。
このキレイな小瓶は「鼻煙壺(びえんこ)」なるもので、嗅ぎたばこを入れる容器だそうです。それぞれに細かい模様や絵が施されていて、宝飾品のようですね。これは娘の文子の所有だという旨の、御風のメモが付いていました。

御風の人柄をしのばせる書面

小学校時代の御風はいじめられっ子でした。そんな彼に生涯の友が出来たのが小学校3年生のとき。親しくなった転校生の儀作くんと悪口を言わない、争わない、助け合うと約束した「友達条約」を交わします。微笑ましいと感じると同時に、御風の誠意ある優しい性格をうかがわせる展示です。
書面にある署名「相馬昌治」は御風の本名。
子供の頃から文才に秀でていた御風は、小学生で既に「窓竹(そうちく)」という号で和歌を詠んでいました。御風と名乗るようになったのは、高田中学(現高田高校)時代です。展示には幼き日の御風の写真、日記の一部などもあります。
高田中学卒業後、御風は与謝野鉄幹主宰の新詩社に入会して「明星」の同人になります。その後、佐佐木信綱が主催する歌会で詠んだ歌が1等に選ばれ、雑誌「秀才文壇」に写真入りで紹介されました。
その後、御風は早稲田大学に進学。校歌「都の西北」を作詞したのは卒業後の24歳のときです。
日本初の流行歌と呼ばれる、女優・松井須磨子が歌った「カチューシャの唄」の作詞を新劇の島村抱月と手掛けるなど、御風は華々しい活躍をしました。2,000枚売れればヒットという時代に、「カチューシャの唄」は2万枚という驚異の売上を記録します。しかし虚飾に満ちた都会の生活に次第に嫌気が差すようになり、33歳で糸魚川に帰郷。以降は亡くなるまで故郷で活動を続けました。
こちらは、御風がライフワークとした良寛研究の著書や、御風が作詞した歌が収録された童謡集です。この童謡集のカバー、可愛いですよね。装丁を手掛けたのは竹久夢二です。御風の生涯をたどっていくと、当時の文学界や美術界の綺羅星のような人たちの名前が出てくるところも、展示の見どころのひとつです。
展示室には良寛遺愛の手まりもあります。現在わずか数個しか残っていないうちのひとつで、中でもこちらは特に刺繍が美しいそうです。隣には御風直筆の箱書きも併せて展示してありました。

糸魚川歴史民俗資料館(相馬御風記念館)

住所:新潟県糸魚川市一の宮1-2-2
TEL:025-552-7471
開館時間:午前9時から午後4時30分
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日休館)/祝日の翌日(その日が土曜日、日曜日、休日にあたるときは開館)/年末年始
入館料:一般 300円/小中高生 無料

相馬御風が暮らした家

記念館の次に訪ねたのは、新潟県指定文化財の「史跡・相馬御風宅」です。御風はずっと同じ場所で暮らしていましたが、建物は度重なる糸魚川大火で3度も焼失しており、今建っているのは昭和3(1928)年から暮らし始めた4軒目の家になります。
瀟洒な籐家具が置かれたのは玄関脇にある応接室です。訪問客が多かった御風はここでおもてなしをしたそうです。今と違って交通網も発達していなかったにも関わらず、御風の元には會津八一野口雨情小川未明宮柊二濱谷浩など多くの人たちがやって来ました。
御風宅を訊ねてきた文化人のひとりに、あの美食家の陶芸家・北大路魯山人がいます。御風所蔵の良寛の遺墨を見るために糸魚川を3度も訪れたのだとか。2度目の来訪時にはお礼として、魯山人みずから食材を買い求めてこの台所で料理を作ったそうです。
御風宅には蔵がふたつあります。こちらは江戸末期建築と推測される「中土蔵」。幾たびの大火をくぐり抜けて残りました。そのため、家を新築するまでの仮住まいとして蔵暮らしをしていたこともあるそうです。
もうひとつの蔵が奥土蔵です。かつての大火で著名人からの書簡、文献資料、原稿などを焼失したことから、空襲対策として昭和19年に造られました。扉の文字「古今一如」は御風の書を鏝で造作したものです。
御風の書斎です。文人の仕事場をそのまま見られるというのは本当にうれしいですよね。晩年、病気がちになってからも、文机の脇に布団を敷いて、ここで執筆を続けていました。

新潟県史跡・相馬御風宅

住所:新潟県糸魚川市大町2-10-1
TEL:025-552-7471(糸魚川歴史民俗資料館)
開館時間:午前9時から午後4時
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日休館)/祝日の翌日(その日が土曜日、日曜日、休日にあたるときは開館)/年末年始
※12月から2月までは土・日・祝日のみ開館、平日は要問い合わせ
入館料:一般 100円/小中学生 無料

市内各地にある文学碑を巡ろう

糸魚川市内には御風の文学碑が複数あります。こちらは糸魚川駅前の「ふるさと〜ある復員者に代りて〜」の詩碑です。昭和57(1982)年に御風生誕100年を記念して建てられました。碑のすぐ近くには御風の簡単なプロフィールに加え、記念館や邸宅も地図と共に紹介されています。まずはここを起点にして御風を巡る旅を始めるのも良いかもしれないですね。
駅からほど近い場所の駅前海望公園にも歌碑があります。こちらは御風が県内を旅行したときに詠んだ歌が刻まれています。
糸魚川歴史民俗資料館の前には「還元録」の碑があります。「還元録」はなぜ故郷の糸魚川に戻ったのか、その心境を告白したものです。
美山公園の丘には、御風が亡くなった昭和25年に建てられた大きな歌碑があります。
草書体で書かれており読みにくいのですが、「大そらを静かにしろき雲はゆく しづかにわれも生くべくありけり」と刻まれています。この言葉は、御風が自身の生き方を詠んだものと伝わっています。

糸魚川市内にはほかにもフォッサマグナミュージアムの入り口、北陸自動車道上り蓮台寺パーキングエリアなど10カ所以上の場所に、御風の文学碑があります。

御風ゆかりのお菓子

御風を巡る旅も、そろそろ終わりに近づいてきました。何かおみやげを買って帰ろうと思い、立ち寄ったのが「御菓子司 紅久」です。江戸時代文政8年の創業で、2025年には創業200年を迎える老舗菓子店です。
こちらで販売されている糸魚川銘菓「山のほまれ」の商品名を命名したのが、なんと相馬御風なのです。
3代目当主がおみやげになる糸魚川銘菓を作りたいと思い立ち、地元の小学校の先生など地域の人たちからの協力を得ながら、昭和9年に完成したお菓子です。当時は珍しかった「かすていら」の材料を煎餅にしたもので、軽くてお日持ちするため、まさに土産にはピッタリの一品です。糸魚川に来ると必ず買って帰るという県外のリピーターも多い人気商品だそうです。
見た目よりも柔らかくサクサクとした軽い食感で、優しい甘みが広がり、あっという間に食べてしまいました。
店内には御風直筆の「山のほまれ」の詩を書いた遺墨も展示されています。
御菓子司 紅久は洋菓子も手掛けています。最近のヒット商品が「あんDEシュー」。生クリームとカスタードのWクリームに粒あんが入ったシュークリームです。「ちょっと驚く美味しさ」とPOPに書いてありましたが、まさにその通りでした!

御菓子司 紅久

住所:新潟県糸魚川市本町7-18
TEL:025-552-6249
定休日:火曜日
営業時間:午前8時30分から午後6時30分

詩人・相馬御風ゆかりの地

この記事を書いた人
aco-akko

アート、映画、文学、建築、カフェ巡り、旅行が大好き。 日常にあるキュートなものを見つけるべく日々アンテナを巡らせています。