郷土料理の「きりざい」とは。「きりざい丼」食べ比べ/南魚沼市


2021年12月04日 27433ビュー
南魚沼市に生まれ育ち、いまも住む私にとっての「きりざい」。
それは、あまりにも身近なものなのだと知ったきっかけがありました。
 
東京の友人が遊びに来たときのこと。きりざい、というメニューを見て「これ、何?」と友人。
シバゴー:漬物を細かく刻んで納豆と混ぜたものだよ。
友人:へえー、珍しいね。食べてみたい。
シバゴー:えっ、そうやって食べたことないの?
友人:納豆に入れるとしたら、刻んだネギくらいじゃない?
シバゴー:ああ、そうか…。そういえば、そうかもしれない。
 
これが食文化の違いか、と思いました。当たり前だと思っていた、私たちの郷土料理です。

地元民にとっての「きりざい」とは

きりざいは、ハレの日の料理でなく、日常で食べる「普段のごはん」。
これは、私の母が作ったきりざいです。我が家では「菜っぱ納豆」と言い、主に朝ごはんで食べます。
味噌汁は、豆腐と三つ葉、地場産のナメコ。
 
近所のおばあちゃん(80代)に聞いてみました。
シバゴー:きりざいって食べますか?
おばあちゃん:そりゃあ、食べるこっつぉ(=食べるに決まってる)。おまえさんちも食べるろ?(=食べるでしょう?)
シバゴー:母は菜っぱ納豆と言うんですけど。
おばあちゃん:それが、きりざいだこっつぉ(=きりざいに決まってる)。家によって、何を入れるかは、違うがぁすけ(=違うんだから)。この辺のしょ(=人たち)は、野沢菜とかコウコウ(=タクワン)を入れるなぁ。
 
おばあちゃんは、畑で野沢菜を作っています。11月中旬頃から漬けて12月末頃から冬中、食べるのだそうです。
私の祖母(明治生まれ)が野沢菜を洗っている、30年ほど前の写真があります。ひゃっこい(=冷たい)井戸水で、野沢菜をひとつずつ洗って、泥を落としていたんですね。ごったく(=大仕事)だなあ。それを食べていました。有難かったんだなあ。
母が漬けているところの写真を撮ろうとしたものの、今年分はもう漬け終わっていました。母のごったくも有難いことです。食文化とは、祖母や母への感謝につながるのかもしれません。

入れる材料が違う?

何を入れるかは、家によって違う、とおばあちゃんは言っていました。南魚沼市の隣、湯沢町ではどうなんだろう。いつもいろいろと教えてくれる小野塚さんに聞いてみました。小野塚さんは「ファミーユ神立」という宿を営んでいます。
 
栄養士の笛田さんを紹介してもらい、湯沢町民のふたりから話を聞くことができました。
シバゴー:湯沢も、きりざいに入れるのは、納豆、野沢菜、コウコウですか?
笛田さん(写真、左):納豆を入れるのは、最近じゃない?
 
昭和63年(1988年)に笛田さんが編集した郷土料理のレシピ集には、切菜(キリザイ)「タクワン、人参、しその実、オタネ、しょうゆ、塩、味の素」と書いてあります。
 
オタネとは、麻(あさ)の種のこと。昔は麻を栽培して、繊維だけを出荷し、タネは栄養分があると食べたのだそうです。
語源は「苧(麻のこと)種」かと思われます。
レシピは、平成29年(2017年)には、「野沢菜漬け、大根、大根のみそ漬け、納豆、ごま」となっています。
 
シバゴー:変化しているんですね。
笛田さん:幼稚園の給食で、きりざいにチーズを入れたら、食べやすいと好評だった。白いごはんを食べない子も、おいしいとたくさん食べた。
シバゴー:朝食でお客さんに、きりざいを出しませんか?
小野塚さん:あんまり出さないですね、手間がかかるし、時期があって、いつでも出せるものでないので…。
シバゴー:えっ、材料は納豆と漬物だから、むしろ簡単でいつでも出せるんじゃないんですか?
 
小野塚さん:うちのは、納豆を入れないんです。大正15年生まれのばあちゃんは、タクワン、みそ漬け、ミョウガのオヤ、キュウリを入れてました。漬物は自家製、野菜は畑で採れたもの。じいちゃんが、大好きだった。
 
シバゴー:ミョウガのオヤって何ですか?
小野塚さん:ミョウガになる前の茎のことです。
シバゴー:だから“時期がある”のか。ミョウガということは…。
小野塚さん:6~7月頃。キュウリも採れ始めて。
 
そして、こちらが後日、笛田さんのお母さま、町子さん(90代)が作ったきりざい。
塩出ししたミョウガ(漬けたのは7月頃)、タクワン、きゅうり、高菜。
 
シバゴー:野沢菜じゃなくて、高菜を入れるんですね。
町子さん:昔は、高菜なんて栽培しなくて、やっぱり野沢菜だった。野沢菜だって、高菜だって、どっちを使ったっていい。“これが本当”なんてがぁは、ねぇがぁさ(=なんていうことはないんだよ)。
 
入れるものは様々で、マストの食材と思っていた納豆も、そういうわけではありませんでした。

なぜ昔は納豆を入れなかったのか?

私は「方言を語る会」というサークルに参加しているのですが、南雲さん(昭和12年生まれ)が、会で見せてくれたものがあります。「わらつと」です。
南雲さん:私が子どもの頃、母が納豆を作っていた。自分たちで作った大豆を煮て、シャッペ(=スプーンのような物)でバラバラと入れた“つと”20本くらいをムシロでくるんで、コタツに入れた。
 
シバゴー:“つと”は、納豆を作るときだけですか?
南雲さん:振舞で出された食事を食べきれないとき、”つと”に入れて持ち帰った。
シバゴー:どうやって包むんですか?
南雲さん:ワラでくるんで、両端と真ん中をしばった。何の材料でしばったか、記憶が定かでないけど、たぶんワラだったと思う。
ふたつ並んだ下が、南雲さん再現の“つと”。タマゴの“つと”は、同会に参加の小林さん(90代)が再現の“つと”。
 
南雲さん:納豆は12月から2月の寒い時期にしか作られない。年に1回か2回がいいところ。”つと”1本で5人から8人の家族が食べなくちゃなんない。
シバゴー:では、納豆は昔、“ごっつぉ(=ごちそう)”だったんですね。
南雲さん:納豆をゾッキ(=そのものだけで混じり気がないこと)で食べるなんてもったいなくて、量を増やすためにきりざいで食べた。
 
今のように冷蔵庫もなく、トラックで食材も運べず、豪雪の山間地帯で冬中を漬物などで食いつないだ私たちの祖先。貴重な納豆をかさましするための工夫だったとは。
 
納豆、漬物、野菜、味噌、米。
昔は自分たちで食べるものは自分たちで作っていましたが、いまや、ほとんどの家が止めてしまいました。
昭和27年頃。大根を干している女性。(写真提供:湯沢町歴史民俗資料館「雪国館」)
 
シバゴー:なんで止めちゃったんですかね?
南雲さん:そりゃあ、スーパーで買った方が安いもの。手間もかからないし、いつでも食べられるし。昔は春夏秋に納豆が食べられるなんて考えられなかった。
 
私は質問しながら、自分が「なんでも簡単に手に入れる現代人」そのものの思考をしていると思いました。
なんでもあって当たり前になった、私たちの生活。その生活を得る代わりに、差し出したものは、なんなのでしょうか。

きりざい丼を食べに行こう。ランチ1軒目。

そのような歴史ある、私たちの郷土料理、きりざい。
身近なだけに、家庭料理が主ですが、いつでも食べられる飲食店があるのでしょうか。
 
というわけで、調べました。
いくつか食べ比べてみます。
 
まずは「上田の郷(うえだのさと)」へ。
清水峠へ向かう国道291号沿いにあります。国道17号線近くのJR塩沢駅からは約7キロ、車で15分ほど。
食堂としての利用もできますが、そば打ち、ぬか釜炊き、ちまき作り、田植え、稲刈り、かまくらなど、いろいろな体験ができます。
メニューを見ると、ありました、きりざい丼。
「地元産コシヒカリ 地元産の自家製です」と書いてあり、期待が高まります。蕎麦や定食もおいしそうです。
「当店のそば粉は自家製です」ともあります。蕎麦は次回の楽しみに。
うわあ、どんぶりに山盛り!食べきれるかしら。
ほかほかで、いい香りのごはん。
さっぱりとした漬物がごはんと合って、すいすい食べられます。
手前の赤いのは「かぐら南蛮」の味噌。
辛さが、ほどよくて、おいしい。ちゃんと辛いんだけど、やさしい辛さというかんじ。
女将の阿部さんから「生野菜にディップしてもおいしいですよ」と教えてもらいました。
店内で販売していたので、ひとつ購入。
家で食べるごはんの、楽しみが増えました。
けんちん汁も、野菜たっぷりでおいしかったです。
味噌でなくて、醤油を使っているそう。
里芋、大根、白菜、きのこ…。これらも地場産だそうです。
シバゴー:地場産の物を多く使っていますね。
阿部さん:地元の物が一番。お客さんから、この店は袋の味(インスタント)じゃない、お袋の味だ、と言ってもらえる。きりざい以外にも、けんちん汁、からしなますなど、おばあちゃんから受け継いできた。これからも郷土料理を提供していきたい。
上田の郷

上田の郷

住所:新潟県南魚沼市長崎2970‐1
営業時間:午前10時~午後3時
電話:025-782-1197
定休日:水曜日

ランチ2軒目はテイクアウトで

たっぷりと食べたので、次はテイクアウトできるお店へ。
田舎料理・そば処 茶屋「鹿小屋(しかごや)」です。
 
金城山の麓にあるお寺、雲洞庵(うんとうあん)の近く。
JR六日町駅から約4キロ、車で7分ほど。
田んぼの中にあります。景色、最高です。
お店の入り口。柿を干してあるのが、いい風情。
エントランスには、テーブルにした囲炉裏がありました。
火棚に民具がたくさん吊るされています。
お店として作られたというより、住宅を改装したように見えます。
夫婦でお店をやっていて、奥さまの真理子さんが接客していました。
 
シバゴー:ここは、昔から住んでいたんですか?
真理子さん:亡くなった父が、上越市で古民家を購入して、移築したんです。
シバゴー:田植え枠に障子を貼ったライトもすてきですね。
真理子さん:父がこういうものが好きだったんですよね。
ポスターに写っているのは、こちらのお店のきりざいだそうです。
あっ、鹿。
 
シバゴー:鹿小屋って店名ですけど、この辺は鹿がいるんですか?
真理子さん:いえ、父が鹿が好きでして。12~13頭も飼っていたんですよ。
個性的なお父さま。魅力的な方だったんでしょうね。
その奥さまの「おばあちゃん」が時間差で出勤するとのことで、待ちながら、真理子さんからきりざいについて聞きました。
 
シバゴー:きりざい丼には、このタクワンと、野沢菜が入っているんですよね?
真理子さん:タクワンはビール漬け、野沢菜漬けには味噌を入れています。この糸うりの漬物も食べてみてください。
口の中に入れて噛むと、糸のようにホロホロと崩れます。面白い触感。
しょっぱさもちょうどよく、タクワンも、野菜そのまま味わえるような甘さ。
 
真理子さん:自分のうちで作った野菜を、通年で漬けています。保存料を入れていないと色が変わりやすいので、漬けるのは少しずつ。その時々で、漬物の味が変化して楽しめます。
 
「雲洞の恵み ばぁちゃん自家製きりざい丼」は、「本気丼(まじどん)」としてエントリーされています。
シバゴー:なぜ、本気丼のメニューを、きりざい丼にしたんですか?
真理子さん:漬物とごはんって最強の組み合わせだと思うんです。ごはんをたくさん食べられるので。
 
真理子さんのお母さま、トシイさんが出勤してきました。
トシイさんは、雲洞生まれの雲洞育ち。
シバゴー:トシイさんも、きりざい、昔から食べていたんですか?
トシイさん:昔はもっとしょっぱかったけど、いまは塩分を少なく、醤油やダシを混ぜたタレを使っている。
 
シバゴー:シャケ(=鮭)が入っていますね。
トシイさん:この辺の人は、シャケを食べた文化なので。捨てるところなく大事に食べるのね。イクラをのせたのは、若い人の意見を聞いて。
 
テイクアウトの器に入れてもらって受け取り、お店を出て駐車場で気づきました。
あれっ、展望台がある…
この展望台も、お父さまが考えたのかしら。
上がってみると、最高の見晴らし。
きりざい丼が、きらきら輝いて見えました。
家に帰って食べたら、もちろんとてもおいしかったです。
鹿小屋

鹿小屋

住所:新潟県南魚沼市雲洞437
営業時間:午前11時~午後3時/午後5時~午後8時(LO7時、12~3月は要予約)
電話:025-782-4828
定休日:水曜日※祝日の場合は営業

3軒目は夜、酒場できりざい丼

次は、夜に「味の店 京」へ。
JR六日町駅から約1キロ、徒歩で10分ほど。
こちらのお店も、きりざい丼で本気丼にエントリー。
入口には旗が掲げてありました。
店内は入って左手にカウンターがあり、右手に仕切られた小上がりがいくつかありました。
久しぶりの居酒屋、うれしいー、と気分が上がります。一人でも居心地のよいカウンター。ポスターには地元の青野さん。
こちらがきりざい丼。ランチで注文しても同じだそうです。
ああ、ビール飲みたい!でも車で来たので、気分だけでもとノンアルコールビールを注文。
野沢菜の切り方が細かく、納豆もひきわりです。刻みのりも風味ゆたかで食べやすい。
店員さんに「入れてるのは醤油?それともダシですか?」と聞いたら、「特製のきりざいのタレです」とのこと。
赤いのは、かぐら南蛮だそうです。
下に少し見えるピンク色は、スモークサーモンの刺身。二切れ入っていました。
串焼きをいくつか注文して食べました。ああ、ビール…。
 
今回は取材だったので、きりざい丼をまず食べて、その後に少し串焼きを食べたのですが、友人とゆっくり飲んで、シメのごはんできりざい丼をシェアしたら最高かも、と思いました。
味の店 京

味の店 京

住所:新潟県南魚沼市六日町2252 1F
営業時間:午前11時30分~午後2時/午後5時~10時30分
電話:025-773-6606
定休日:不定休

道の駅でも食べられます

以上のお店は、国道から少し離れていたり、時間が限定されていたり、立ち寄れない場合もあるかもしれません。
道の駅南魚沼にある「ちゃわんめし たっぽ家」は、国道17号線沿い、塩沢石打インターからも近く、アクセスのよい場所にあります。
たっぽ家のすぐ横にある「四季味わい館」では、南魚沼産コシヒカリはもちろん、地場産の野菜なども販売しています。
食堂としてはもちろん、カフェとしての利用も。
こちらが、きりざい丼。漬物の刻み具合が細かく、鮭フレークがちらしてありました。
食べきれない場合、持ち帰り用のパックを購入できます。
ちゃわんめし たっぽ家

ちゃわんめし たっぽ家

住所:新潟県南魚沼市下一日市855
営業時間:午前10時~午後5時(LO4時30分)
電話:025-783-3770
定休日:元旦

最後に

きりざいは、高価な食材を使うわけではありません。「漬物を刻んだだけの、地味で質素な食事」と言ってしまえます。でも、「私たちの祖先が、つつましい生活の中で、工夫しながら大切に食べてきた食事」でもあります。
 
また別の表現をすれば、「作ってくれた人を思い出す、心を豊かにするような食事」でもあります。ありきたりだと思っていたものが、実は宝物でした。
 
みなさんもぜひ、南魚沼で、きりざいを食べてみてください。

今回行ったところ

この記事を書いた人
シバゴー

南魚沼市在住。趣味は写真撮影と読書で、本で調べた所へ行って写真を撮ることをライフワークとしています。神社彫刻が好きで、幕末の彫刻家・石川雲蝶と小林源太郎、「雲蝶のストーカー」を公言する中島すい子さんのファン。地域の郷土史研究家・細矢菊治さんや、地元を撮影した写真家・中俣正義さん、高橋藤雄さんのファンでもあります。