大地の芸術祭2024を楽しもう!【津南エリア編】/津南町


2024年09月10日 1403ビュー
エリアごとに新作を中心にご紹介してきた「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2024」シリーズもついに最終回。お届けするのは、今回最も力が入っている津南エリア。商店街に展開する作品から、県境の秘境・秋山郷の旧小学校を舞台にしたものなど、見どころたっぷりですよ!

大割野商店街の作品たち

津南町のメインストリート・大割野商店街に、今回は作品が複数展示されています。そのうちの一つが、昨年まで婦人服店・酒店として営業をしていた大口百貨店です。芸術祭は各エリアに案内所がありますが、津南エリアはこちらの1階に設置。店内に入ってすぐ左が案内所。その奥にあるのが佐藤悠大割野おみくじ堂》です。作家手作りの大型のコリントゲーム機(パチンコの原形とも呼ばれるゲーム。釘を打った傾斜した盤に球を転がして遊ぶもの)が設置してあります。盤には蕎麦、除雪車、縄文土器、ヒマワリなど津南ゆかりのイラストがあしらわれています。たとえば自分の球が「縄文土器」にヒットしたら、おみくじが並ぶ棚の縄文土器のイラストがある場所から1枚おみくじを引く…という趣向です。
おみくじとは言っても、吉凶はありません。そこには地元の人たちがお薦めする場所やものが、薦める理由とともに書かれています。作家の佐藤悠さんは「まずは鑑賞者に参加者として、ゲームやおみくじをしてもらうことで、この場に少しでも長く滞在してもらいたいという思いもあります。おみくじという偶然性で出会ったこの土地の魅力的な何かを、ぜひ楽しんでもらえれば」と話しました。
大口百貨店の2階には、布施知子おりがみ:みんなで作る津南の森》が展示されています。ユニット折りの第一人者として国際的に知られる折り紙作家、布施さんがワークショップを開催し、地域住民や子どもたちとの協業で作り出した折り紙の森です。
折り紙の森には緑を中心にカラフルな色もちらほら。布施さんは「同じ色ばかりじゃつまらないですよね。自然には春夏秋冬があって、木も時どきで色を変えていく。ちょっと変わった色が入ることで風景のスパイスになると思います」と解説。以前から子どもたちと一緒に作品作りをしたいと思っていたそうで、今回の芸術祭への参加は「良いチャンス」だと感じたそうです。「面白いぞ、折り紙!」と笑顔で語る布施さん。見ているだけで何だか楽しくなってくる作品でした。
こちらも同じく空き店舗を利用した作品。加治聖哉思い出の在り方》です。ここはかつて「かなやま」という洋品店でした。この場所を訪れた地域の人たちが、営業していた当時の様子を思い出してほしいという思いから、残せるものはそのまま残して、会場設営を行いました。
ぶら下がっている木片は、地域の人たちに色付けしてもらったもので、制作に参加した人たちの思い出のかけらが、会場を彩るという仕掛けになっています。大きな龍を配したのは、水と縁の深い津南町にちなんで。「これは龍神様なので実際は見えない存在、イマジナリーです。この辺りを見守っている途中で立ち寄って、またどこかへ行く…そんなイメージで作りました」と加治聖哉さんは話してくれました。
現在営業中の店舗にも作品は展示されています。昭和10年創業という老舗菓子店・好月では新垣美奈Lights to Tsumari(妻有への明かり)》を見ることができます。新垣さんは夜の闇、窓や街灯の光をモチーフに絵画作品を手掛けている作家で、制作にあたり、東京から越後妻有までの道のりにある光をリサーチしたそうです。お店にちなんだ作品として、ホールケーキの作品も店内に複数展示。ホールタイプのバースデーケーキが、少しずつ変化していくので、ぜひチェックを。
風巻履物店にも新垣美奈さんの同作品が展示されています。こちらは明治時代の創業。津南は桐の産地で、かつてはそれを使って下駄を作っていたこともあったそうです。新垣さんの希望で、昔作った下駄も作品と一緒に並べられています。
他には名地農機にも同作品が展示されています。
作家の新垣美奈さんは、その土地で着想を得たものを作品に入れることがあるそうで、「大割野商店街では、カリンの花を模した通りの街灯が強く印象に残り、実際に作品にも描いています。その場所の風景をそのまま描くというよりは、いくつか見てきたものを自分の中で再構成しながら、作品に落とし込んでいきました」と話しました。

別の場所から来た物

東京電力信濃川発電所 連絡水槽に設置されたニキータ・カダン別の場所から来た物》は、公園にある遊具を模した作品です。芸術祭の公式サイトには「離れた場所からしか見ることができない『入ることのできない公園』。手の届かない幸福な空間であり、同時に、過ぎ去った幼年時代を想起させる場」と紹介されています。
ニキータ・カダンはウクライナの作家で、母国ではどの公園に行っても、ロケットの形をした遊具が置いてあるという作品の背景を解説。現在ウクライナはロシアと戦争状態にありますが、互いの国の若者たちが、幼い頃は同じモチーフの遊具で遊んでいたという事実にも言及しました。「宇宙開発はロシアが国家で取り組んできたプロジェクトでもあります。公園の遊具というありふれた景色の中に見えるものが、破壊者たちとウクライナで暮らす自分たちとの、共通のものなのです」と、強い眼差しで語りました。

越後妻有「上郷クローブ座」

2012年に閉校した津南町立上郷中学校をリノベーション。2015年からはパフォーミング・アーツの拠点として活用されています。
1階には今回の新作として、白井美穂太陽の移ろい》が公開されています。白井さんは宮沢賢治の小説『注文の多い料理店』に着想を得た《西洋料理店 山猫軒》(松代エリア)を発表した作家でもあります。今回は、レストランに迷い込んだような一室を作りました。鑑賞者はそこで《西洋料理店 山猫軒》を訪れた紳士たちの映像を鑑賞。ラストシーンで紳士たちを襲う化け猫は作家自身が扮しています。何かを食べようと立ち寄ったはずのレストランで食べられる立場になってしまう…そんな映像を観た後、ふと自分のいる場所を見るとそこは、架空のレストラン。カラフルに彩られた空間が、ちょっと怖く見えてくる瞬間でもあります。
3階の展示は、岡淳+音楽水車プロジェクト農具は楽器だ!》です。使われなくなった農具を楽器として甦らせました。手前の部屋に置かれたものは、鑑賞者自身が演奏者として自由に音を奏でることができます。奥の部屋は自動演奏になっており、まるで小さなコンサートを観たような気分になりますよ。
作家の岡淳(まこと)さんはプロのジャズミュージシャン。バークリー音楽大学で学び、ジャズの本場ニューヨークで武者修行してきたという経歴の人物です。前回の芸術祭では地元の中高生たちと演奏イベントを開催。今回は地元の人たちと「越後妻有かぷかぷ楽団2024」を結成。「かぷかぷは、宮沢賢治の短編童話『やまなし』に出てくるオノマトペにちなんで付けました。音楽経験がなくても直感的に演奏できるようにドンドン、ダダッタ、かぷかぷなどの口唱歌で練習をしています」なお、かぷかぷ楽団は、越後妻有「上郷クローブ座」仮設劇場にて11月9日にコンサートを開催します。楽しみですね。

■一般 当日1,500円(パスポート提示で1,300円)、前売1,000円/■小中高生 前売・当日とも500円

地元のおかあさんたちが演劇でおもてなしするレストラン

上郷クローブ座レストランは、地元の女衆(おんなしょ)のおもてなしと、津南の食を楽しむ演劇レストランです。食をテーマに活動している現代美術作家・EAT&ART TAROのプロデュースで2015年にスタートしました。提供されるメニューはスープから始まり、前菜、メインの津南ポークと焼き野菜、最高のおにぎり、デザートなど7品目。旬の食材を使っているため、その時どきで材料は変わるそうです。
美味しい料理をいただきながら、おかあさんたちの演劇を鑑賞。脚本・演出を担当しているのは、原倫太郎+原游のお二人です。今回の演劇のベースになっているのは鈴木牧之の『北越雪譜』と『秋山記行』。越後版雪男の異獣が登場したり、おかあさんたちが幽霊や鮭に扮してファッションショーをしたりと、盛りだくさんの内容です。
最後は、鈴木牧之が旅した秋山郷で公開されている新作《アケヤマ -秋山郷立大赤沢小学校-》をPRして、大団円となりました。
越後妻有「上郷クローブ座」の「クローブ」とは、シェイクスピアの「グローブ座」に掛けて名付けられました。津南の女衆として参加しているのは十数名。数ヶ月前から練習を重ね、本番に挑むそうです。「何回出演しても緊張する」「リピーターとして来てくれる人がいて嬉しい」「プロの俳優じゃなくて、普通のおかあさんたちがやっているところが良いのかなと思っている」など、インタビュー中は楽しいおしゃべりが尽きませんでした。中でも印象に残ったのが「津南の大地に雪が降って染み込んでいき、それが野菜の地味になっていく。だからこの土地の野菜はえぐ味がなくて美味しい」という言葉。地産地消の最高に贅沢な料理とおもてなしを、ぜひ味わってみてください。

香港ハウス

上郷クローブ座に隣接して香港ハウスがあります。香港との恒常的な文化交流拠点となる滞在制作兼ギャラリー施設として2018年に作られました。ここで公開されている新作、マシュー・ツァン&コーデリア・タム同じで同じではない》は、都市と里山のうつろう昼夜の風景が壁いっぱいに映し出されます。そこには「ふたつの場所の違いはあっても、同じ空の下にあり、時間と自然は依然として平行して流れている」というメッセージが込められているそうです。

驟雨が来る前に「清水川原」

中里エリア編で、磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]での、秋山郷の集落「清水川原」に焦点を当てた《驟雨がくる前に「秋山記行」の自然科学的視点からの推考の試み-2》を紹介しました。
その実際の、屋外での展示が磯辺行久驟雨がくる前に「秋山記行」の自然科学的視点からの推考の試み-1》になります。

かたくりの宿

「日本の秘境100選」に選ばれた秋山郷の入り口にある、かたくりの宿。かつての学校を利用した宿泊施設で、教室が和室に、校長室が温泉を楽しめるお風呂になりました。宿泊棟の廊下や食堂には有名作家のアート作品が飾られており、見学も可能とのことです。
また体育館には原倫太郎+原游の作品《妻有双六》があります。こちらは、家族や友人同士で遊んだら盛り上がること間違いなしの体験型作品ですよ!

アケヤマ -秋山郷立大赤沢小学校-

2021年に廃校となった旧津南小学校大赤沢分校を舞台にした《アケヤマ -秋山郷立大赤沢小学校-》。来場者は館内で作品を見ながら、秋山郷の歴史や風習などを自然に学んでいくという展示になっています。
「アケヤマ」は秋山郷の語源になった言葉だそうです。
深澤孝史続秋山記行編纂室》は、まさに秋山郷について知るのにぴったりのミニ図書館のような展示。鈴木牧之は江戸後期に秋山郷を訪れ『秋山記行』を書きました。その後、牧之の影響を受けた多くの人たちが「その続編的な記述」のように、秋山郷の民俗文化の研究、記録を続けていることに着目。編纂室では秋山郷に関する映像や文献など、さまざまな資料を閲覧することができます。
深澤孝史さんは、《アケヤマ -秋山郷立大赤沢小学校-》の監修を務めた方です。「普段は自分ひとりで制作をしているので、できることに限りがあって、やりたいことを取捨選択しなくてはいけない。今回は監修者として複数の作家に声を掛けることができたおかげで、多方面から秋山郷についてアプローチすることが可能になりました」と嬉しそうに話しました。
巨大なはざがけのような作品の、井上唯ヤマノクチ》。アケヤマは「明山」という漢字表記で、山の共有地を意味します。そして「ヤマノクチ」は共有地に生えている山の素材が枯渇しないように、皆で平等に採る日を決めていた風習を意味する言葉なのだとか。作家自身が秋山郷で採取した植物を使って作り上げました。
秋山郷に伝わる信仰や風習を作品化したのが、内田聖良カマガミサマたちのお茶会:信仰の家のおはなし》です。秋山郷にある誰かの家を訪ねたようなこちらの作品。家の中に飾られたものなどを丁寧に見ていくと、自然とこの集落の年中行事や、信仰について知ることができるようになっています。ちなみにこの家そのものが「神棚」を表しているそうです。中だけでなく、ぜひ外観も見てみてください。
マタギ文化とアートを融合させたのが、永沢碧衣山の肚》です。「リュウ」というマタギの人たちが使った洞窟を模した穴に入ると、壁画が見られるという仕掛けです。永沢さん自身、狩猟免許を持っており、地元秋田で狩猟経験を重ねながら、マタギの人から実際に聞いたエピソードなどをベースに絵画作品を制作しています。
作家の永沢碧衣さん「旅マタギという、全国を旅しながら移り住んだ人がいます。私の地元秋田から秋山郷に移り住んだマタギの人たちもいるそうです。私自身、こうして秋田から越後妻有に来て作品を作っていると、何だか美術の旅マタギになったように感じることがあります」と話します。永沢さんは描くときの素材に、熊の皮から取れる熊にかわを使用。今回の壁画でも使っているそうです。
山本浩二胸中山水 秋山郷図》は、秋山郷の樹木を画材にして秋山郷を描いた壁画作品です。作品の近くには木炭が置いてあります。シロヤナギ、ニワトコ、イチョウなど、それらを見ているだけで、どんな種類の木々が秋山郷に自生しているのかが分かって面白いですよ。なお、作家が会場にいるときには、実際に木炭を使って壁画に絵を描くこともできるそうです。
山本浩二さんは、彫刻を炭化した木炭彫刻《フロギストン》シリーズを手掛けていますが、今回はアケヤマの会場から徒歩数分の所に、屋外作品を設置しました。こちらはトチの木の巨木を用いたもので、大きなうろの中に入ることができますよ。そこからぜひ天上を見上げてみてください。まるで中世の寺院を訪ねたかのようなビューが目に入り、ちょっぴり厳かな気持ちになりました。

7回にわたってお届けしてきた大地の芸術祭2024シリーズ、いかがでしたでしょうか。
今回の大地の芸術祭は2024年11月10日まで続きます。どのエリアも見どころ満載なので、何度も足を運んで3年に1度のこのイベントを大いに楽しみましょう!

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2024

期間:2024年7月13日〜11月10日
定休日:火水曜日
開催時間:10:00~17:00(10、11月は10:00~16:00)
※作品により公開日時が異なる場合あり
パスポート料金:
会期中(7/13〜11/10) 一般4,500円/小中高2,000円/小学生未満無料
個別鑑賞券もあり、各施設で販売

大割野おみくじ堂 一般400円/小中学生200円
《おりがみ:みんなで作る津南の森》《思い出の在り方》《Lights to Tsumari(妻有への明かり)》含む

越後妻有「上郷クローブ座」/香港ハウス入館料一般600円、小中学生300円
※上郷クローブ座レストランは事前予約制、7/13〜11/10の金・土・日・祝 12:00〜12:45 一般3,000円/子ども2,000円
空席がある場合は、当日電話予約可能 025-755-5363
予約は下記URLから
https://www.echigo-tsumari.jp/travelinformation/kamigo_clovetheatre_restaurant/

妻有双六 一般400円/小中学生200円

アケヤマ -秋山郷立大赤沢小学校- 一般800円/小中学生400円
会期中、作家たちによるイベントを多数開催します。詳細は下記URLから
https://www.echigo-tsumari.jp/news/akeyama2024all/

2024年は11月10日までの土日祝日、越後湯沢駅=清津峡=十日町駅を結ぶ実証運行バス「YukiMo!(ユキモ)」を運行しています。

大地の芸術祭2024を楽しもう!【津南エリア編】/津南町

この記事を書いた人
和田明子

長岡市のリバティデザインスタジオで、夫とともにグラフィックデザインやコンテンツ制作を行う。アート、映画、文学、建築、カフェ巡り、旅行、可愛いものが大好き。ウェブマガジン「WebSkip(https://webskip.net/)」も細々と更新中